おかあさま
- カテゴリ:自作小説
- 2015/09/11 17:39:07
「母さん。彼女が、茜さん。」
私は母も祖母も、大好きだった。
「・・・始めまして。」
どっちもとてもいい人で・・・
「木田茜と申します。」
どっちが悪いと言う訳でも無かったのに・・・
「純一さんとは、五年お付き合いさせて頂いてます。」
嫁姑と言うヤツは、女同士の本能と言うヤツかも知れない。
だから。
「まぁまぁ、ご丁寧に。」
そんな二人の姿を見て育った私は、”結婚”と言う物に抵抗があり。
「純一も水臭い。もっと早く紹介してくれれば・・・」
ここに至るまで、その長い期間を掛けてしまった。
「純一の母の、里子です。よろしく、茜さん。」
「はい、いえ、こちらこそ・・・」
この、優しそうな初老の女性と私が、かつての祖母と母のようになるのだと思うと、心に影が差してしまう。
「茜さん。」
「はい?何でしょうお義母さん。」
「これ、作って見たんだけど・・・」
「あら。パンケーキ!」
「お口に合えばいいんだけど・・・」
「私にですか?」
「ええ。」
「有り難う御座います!早速、頂きます!」
「・・・どうかしら。」
「おいしい!これ、とっても美味しいです!」
「あら!良かったぁ!」
「私、パンケーキ大好物なんです!」
「あらあら。そうなの!」
「これ、作り方教わっていいですか?」
「ええ、ええ。勿論!」
しかし。
どうやら杞憂だったようだ。
義母はとても優しく、良くしてくれるし。
私も義母に、嫌悪感を覚えた事など、ついぞ無い。
私は、実母以上に、この義母が好きになっていた。
「母さんも、娘が出来て嬉しいんだろうさ。」
夜。
睦み合いの後、会話の流れでその話になった。
「実の娘を一度、亡くしているからね。」
「・・・え?」
「俺にとっては、五つ上の姉さんって事になるんだけど。」
「じゃあ、私より七つ年上って事ね・・・」
「俺が手の掛かる子供だったから・・・」
「・・・」
「体調の変化に気付いてやれなかったって、時々涙を浮かべながら言ってたよ。」
「・・・そう。」
夫のその言葉で。
同情だろうか。
もっと義母に尽くそうと、心で誓った。
だが。
「お、お義母さん!」
その蜜月は、突然の奇禍によって打ち切られた。
「硬膜下出血です。」
病院のベッドに寝かされた義母の手を握る私に、医師が重々しく告げた。
「出血量が多く、もう手の施し様が・・・」
「お義母さんっ・・・!」
「・・・」
涙に暮れる私に向かい、義母がうっすらと瞼を開けた。
「お義母さん!お義母さん!」
「・・・」
「お・・・」
私は、我知らず。
絶叫に近い声で、呼んだ。
「おかあさん!」
「・・・は・・・」
そして、義母は。
微かな声で。
は、る、こ、と。
”私を呼んだ”。
「おかあさん・・・」
その時。
私は”思い出した”。
遠い昔。
私は確かに。
”この人の娘だったのだ”。
「おかあさん・・・!」
”五歳で死んだ私”は。
もう一度、”この人の娘になる為に”。
”生まれ変わって”来たのだ。
「・・・」
義母・・・
いや。
私の”おかあさん”は。
目尻から一筋の雫を流し。
「・・・御臨終です。」
程無く、医師がそれを宣告した。
「・・・茜。」
その後。
私は。
「・・・何?」
思わぬ地獄を、見る事となった。
「な?いいだろ?」
「やめてよ。お母さんが亡くなったばかりなのに。」
「もう半年も経つじゃないか。」
「・・・」
「だから・・・な?」
「そんな気分じゃないのよ。」
「早く子供を作る事が、母さんの供養にもなると思うんだけど。」
「・・・!」
私は吐き気をもよおし、咄嗟に口を押さえた。
「ど、どうしたんだ!?」
「な、何でも・・・兎に角!」
そう。
夫は知らない。
私達は、”姉弟”なのだ。
確かに、”肉体的には”血の繋がりは無いけれど。
その事に気付いてしまった私にとっては、純一は弟なのだ。
『実の弟と・・・子供を作るですって!?』
「私、体調が悪いの!もう寝るわ!」
「お、おい!茜!」
夫の・・・
純一の呼び掛けを無視し、私は彼に背を向け、毛布に包まった。
が・・・
『何て事・・・何て事・・・!』
もう、手遅れなのだ。
私は純一と、何度も、何度も・・・
「ぐっ・・・!」
不貞腐れて身を横たえた純一に気付かれぬ様、私は喉まで込み上げた胃液を呑み込んだ。
[完]