Nicotto Town



おかあさま

「母さん。彼女が、茜さん。」

私は母も祖母も、大好きだった。

「・・・始めまして。」

どっちもとてもいい人で・・・

「木田茜と申します。」

どっちが悪いと言う訳でも無かったのに・・・

「純一さんとは、五年お付き合いさせて頂いてます。」

嫁姑と言うヤツは、女同士の本能と言うヤツかも知れない。
だから。

「まぁまぁ、ご丁寧に。」

そんな二人の姿を見て育った私は、”結婚”と言う物に抵抗があり。

「純一も水臭い。もっと早く紹介してくれれば・・・」

ここに至るまで、その長い期間を掛けてしまった。

「純一の母の、里子です。よろしく、茜さん。」

「はい、いえ、こちらこそ・・・」

この、優しそうな初老の女性と私が、かつての祖母と母のようになるのだと思うと、心に影が差してしまう。




「茜さん。」

「はい?何でしょうお義母さん。」

「これ、作って見たんだけど・・・」

「あら。パンケーキ!」

「お口に合えばいいんだけど・・・」

「私にですか?」

「ええ。」

「有り難う御座います!早速、頂きます!」

「・・・どうかしら。」

「おいしい!これ、とっても美味しいです!」

「あら!良かったぁ!」

「私、パンケーキ大好物なんです!」

「あらあら。そうなの!」

「これ、作り方教わっていいですか?」

「ええ、ええ。勿論!」

しかし。
どうやら杞憂だったようだ。
義母はとても優しく、良くしてくれるし。
私も義母に、嫌悪感を覚えた事など、ついぞ無い。
私は、実母以上に、この義母が好きになっていた。




「母さんも、娘が出来て嬉しいんだろうさ。」

夜。
睦み合いの後、会話の流れでその話になった。

「実の娘を一度、亡くしているからね。」

「・・・え?」

「俺にとっては、五つ上の姉さんって事になるんだけど。」

「じゃあ、私より七つ年上って事ね・・・」

「俺が手の掛かる子供だったから・・・」

「・・・」

「体調の変化に気付いてやれなかったって、時々涙を浮かべながら言ってたよ。」

「・・・そう。」

夫のその言葉で。
同情だろうか。
もっと義母に尽くそうと、心で誓った。



だが。

「お、お義母さん!」

その蜜月は、突然の奇禍によって打ち切られた。

「硬膜下出血です。」

病院のベッドに寝かされた義母の手を握る私に、医師が重々しく告げた。

「出血量が多く、もう手の施し様が・・・」

「お義母さんっ・・・!」

「・・・」

涙に暮れる私に向かい、義母がうっすらと瞼を開けた。

「お義母さん!お義母さん!」

「・・・」

「お・・・」

私は、我知らず。
絶叫に近い声で、呼んだ。

「おかあさん!」

「・・・は・・・」

そして、義母は。
微かな声で。

は、る、こ、と。

”私を呼んだ”。

「おかあさん・・・」

その時。
私は”思い出した”。
遠い昔。
私は確かに。
”この人の娘だったのだ”。

「おかあさん・・・!」

”五歳で死んだ私”は。
もう一度、”この人の娘になる為に”。
”生まれ変わって”来たのだ。

「・・・」

義母・・・
いや。
私の”おかあさん”は。
目尻から一筋の雫を流し。

「・・・御臨終です。」

程無く、医師がそれを宣告した。





「・・・茜。」

その後。
私は。

「・・・何?」

思わぬ地獄を、見る事となった。

「な?いいだろ?」

「やめてよ。お母さんが亡くなったばかりなのに。」

「もう半年も経つじゃないか。」

「・・・」

「だから・・・な?」

「そんな気分じゃないのよ。」

「早く子供を作る事が、母さんの供養にもなると思うんだけど。」

「・・・!」

私は吐き気をもよおし、咄嗟に口を押さえた。

「ど、どうしたんだ!?」

「な、何でも・・・兎に角!」

そう。
夫は知らない。
私達は、”姉弟”なのだ。
確かに、”肉体的には”血の繋がりは無いけれど。
その事に気付いてしまった私にとっては、純一は弟なのだ。

『実の弟と・・・子供を作るですって!?』

「私、体調が悪いの!もう寝るわ!」

「お、おい!茜!」

夫の・・・
純一の呼び掛けを無視し、私は彼に背を向け、毛布に包まった。
が・・・

『何て事・・・何て事・・・!』

もう、手遅れなのだ。
私は純一と、何度も、何度も・・・

「ぐっ・・・!」

不貞腐れて身を横たえた純一に気付かれぬ様、私は喉まで込み上げた胃液を呑み込んだ。





[完]




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