Nicotto Town



出会ってしまった二人

「今日は転校生を紹介するぞー。」

知ってる。
名前は、坂之上都。
背は低く、胸も小さいけれど。
白い肌、小づくりな顔、大きな瞳、栗色の巻き毛。
先ず、美少女と言っていい容姿。
・・・の、筈だ。

「では、入りたまえ。」

がらり、と開いたドア。
・・・ほら、やっぱり。
”昨夜見た通りの”女の子。

「坂之上都と言います。皆さん、宜しく。」

「ねぇねぇ!」

後ろの席の、水島碧が身を乗り出して僕の耳に囁く。

「ちょっと可愛い子じゃない?」

「・・・」

碧は幼馴染みの気安さもあってか、時々、場を弁えずこんな真似をする。
その都度それに応えて、私語は慎めと注意されるのは専ら僕の方だったので、最近は無視を決め込む事にした。
それなのに、こいつはその行動を止めない。

「じゃあ、坂之上の席は・・・あそこが空いてるな。」

担任の金井が、僕の斜め後方を指差す。
つまり、碧の隣だ。
それに従って、坂之上都は僕の脇をすり抜け・・・
・・・ない。

「・・・?」

彼女は、僕に向かい、首を軽く傾げて微笑みかけて来る。

「え?何何?何なの!?」

僕の言葉を先取りして、碧がどう言う訳か、大いに狼狽して僕と坂之上の顔に視線を往復させる。

「初めまして。内田聡くん。」

「・・・え?」

初対面の筈の美少女に、いきなりフルネームを言い当てられ、僕の混乱は最高潮に達した。
・・・が。

『まさか・・・!』

そう。
それを言うなら、僕も。
彼女が”名乗る前から”、彼女の名前を知っていたではないか。

「あなたも、”そう”なんでしょ?」

「やっぱり、君も・・・?」

始めて。
僕は始めて、血縁以外で、僕と同じ人間に出会った。

予知能力者。





「・・・じゃあ、僕と今、こうしている事まで予知してたって事?」

昼休み。
僕は購買で買ったパンを。
都は手製の弁当を広げ、中庭に二人並んで腰掛けている。

「ええ。そこでお互いの能力を確認し合う事も。」

「じゃあ、僕の能力より上だ。」

僕は思わず空を仰いだ。

「僕は君が転校して来る・・・そう、今朝までの事しか予知出来なかった。」

「大した差じゃないわ。」

「大した差だよ。」

「それから、もう一つ。」

「何?」

「あなた、いつもそれなの?」

「・・・ああ。」

目で示された僕の手の中のパン。

「父子家庭だしさ。料理出来る人間がいないんだ。うち。」

「そう。」

「で?」

「え?」

「”もう一つ”は何?何か他に予知出来たワケ?」

「ああ、うん。でも、これは予知って言うか。」

「何だよ。」

「私、あなたの分のお弁当、作って来る約束、するって・・・」

「・・・は?」

虚を突かれ、思わず間の抜けた声と共に、彼女の横顔を真ん丸な目で眺めてしまった。
都は俯き、こちらから視線を逸らし。
もじもじと指を絡め合わせ。
頬を、染めている。

「あ・・・」

その表情で。
同じ能力者としての親近感、なのだろうか。
急速に、彼女に魅かれ始めている、自分に気付いた。

視界の端に引っ掛かった、校舎の蔭から覗いている碧が、全く気にならなくなる程に。



それから僕達が交際を始めるまで、あまり時間を必要としなかった。
始めてのデート。
始めてのキス。
始めての・・・

碧との会話も、めっきり減った。
と言うより、碧が話し掛けて来る事が全く無くなった。
不機嫌と憂いを現した表情のまま、口を開く事自体が稀になってしまった。

が、そんな事はどうでもいい。

僕の心の中は、都で一杯だった。

授業中、ふと向けた視線が絡む瞬間。
はにかんだ都の笑顔に、胸が熱くなる。

そんな幸せな日々が。

突然、終わった。





「な、何をするんだ都!」

「何って・・・正当防衛?」

「さ、聡!」

都の手の中で妖しく光る、大振りのナイフ。
物陰から飛び出して、声を挙げる都。
一体、これは何なのか。

「じゃ、バイバイ。」

「都!」

「聡ぃっ!」

校舎裏。
夕陽を反射するナイフを押さえた、僕の手が。

「あっ・・・!」

都の力、振り下ろした勢い・・・
一瞬の拮抗の後、軌道を変えて弧を描き・・・

「み、都・・・」

「あれ・・・?」

勢い余って。
その刃は、都の腹に、深々と突き刺さっていた。

「・・・」

「都ぉ!」

崩れ落ちる都の身体を支える。
都の眼差しは、暫く宙を泳いでいた。
が、やがて。

「あー。そっかー。こーゆー事かぁ。」

ケタケタと、笑い出す都。

「何だ!?一体、何なんだ!?」

「私ねぇ。昨夜。」

未だ笑いが収まらない、と言った態で、都は徐に語り出した。

「あなたに、殺される未来を見たの。」

「な・・・!」

「でも、私、死にたくないじゃない?だから、殺される前にあなたを殺そうと思ったの。」

「そ、そんな・・・」

「でも、それが。」

都は自分の腹から生えたナイフの柄を、まじまじと見つめる。

「あぁ・・・!」

つまり。
”僕が都を殺す未来”とは。
今、この状況を指す、のだろう。

「い、今救急車を!」

「いいの。」

携帯をポケットから取り出す僕の手を、都がそっと抑える。

「予知の通りなら、私、助からないし。」

「み、みや・・・」

「ねぇ。水島さん。」

僕の呼び掛けを遮り、都は碧の名を呼んだ。

「見てたでしょ?この事は、聡君の正当防衛よ。」

「え・・・」

碧は自失したまま、その場に立ち尽くしていた。

「ねぇ。聡君。」

「な、何だ!都!」

「私、聡君と出会って・・・」

弱弱しい声。
強い眼差し。
僕は都の手を握る。
そして・・・

「・・・最悪、だわ。」

それが、都の最期の言葉だった。




「・・・お疲れ様、聡。」

「ああ。・・・碧も、な。」

翌日。
俺達は、警察署の前で行き会った。
お互い、事情聴取が終わった所だ。

碧の証言、そして凶器のナイフも都が前日金物屋で購入した物であった事が決め手となり、都の言葉通り、僕の正当防衛は立証された。
が・・・

「坂之上さん、一体どうして・・・」

「あれは、さ。」

「え?」

「あいつなりの、”手の込んだ自殺”だよ。」

「!?」

目を丸くして固まっている碧を追い越し、僕はそのまま歩を進めた。
と。

『・・・昨夜、見た通りだ。』

向こうから、僕の父さんが駆けて来る。

「さ、聡!」

「やあ。父さん。」

「お前が・・・お前が都を・・・!」

やはり、”離婚した妻に親権を取られ、籍を抜かれた”とは言え、”自分の血を引いた娘”が死んだと言う知らせは、余程ショックだったのだろう。
しかも、彼女を殺したのが、同じく自分の血を分けた息子、なのだから当然と言えば当然だ。




そう。
僕は”自分の血縁以外で、この力を持つ人間を見た事が無い”。
父方の遺伝とも言えるこの能力は、希少だ。

全くの赤の他人が同じく持っていると言う事が、不自然である程に。

「都・・・」

父さんに肩を揺すられながら、不意に、彼女の名前が僕の口から我知らず漏れた。

その、呼び掛けは。

”恋人”に対しての物か。

”妹”に対しての物か。

自分でも、解らない。







[完]




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