Nicotto Town



追悼

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

何度詫びても詫び足りない。
泣き叫ぶ者。
放心する者。
早いと激怒する者。
みんな。
みんな、私の所為で・・・

「何を、謝るんだい?」

ふと気付くと。
立ち尽くす私の隣に、差した影。
長身で細身の体躯は解るが、俯いたままの私は、その人の顔が確認できない。

「だって・・・だって・・・」

優しく、あやす様な。
私を包み込む様な。
落ち着いたその声に促されて。

「みん・・・な、が・・・みんな、を・・・」

それでも、とめどなく流れる涙は、私に上手く言葉を紡がせてくれない。

「かっ・・・」

「・・・」

「かな、しま、せちゃっ・・・!」

「・・・うん。」

「あ、あ・・・ああぁぁぁぁ!」

とうとう、私は耐え切れず。
声を挙げて、泣き出してしまった。

「あぁぁぁぁ!あぁぁぁぁ!」

それでも傍らに立った男の人は、私が一しきり泣き止むまで。
何も言わず、そこにいた。

「う・・・う・・・」

泣くだけ泣いたら、ちょっとだけ落ち着いて来た、けれど。

「みんな・・・」

見下ろすと、やはり、先程と同じ情景。
涙に暮れ。
譫言を呟き。
八つ当たりに壁を叩き。

「ご・・・べんだ・・・」

謝罪の言葉も、上手く言えない。
また、涙が浮かんでしまう。
と。

「・・・ねぇ。」

おもむろに。
傍らの男の人が、言葉を発した。

「夏休みの最後の日って、すごく悲しく無かった?」

「え・・・?」

「いや、僕なんかは夏休み、なんて経験した事は無いんだけど。」

思わず見返って、私の視界に飛び込んで来た、その人の顔は。

『まぶしっ・・・!』

何等かの光、その逆光で、良く見えなかった。

「でも、”こっち”に来る人から、良く話は聞いているからね。」

だけど。
微笑んでいる、と言う事だけは、何故か解る。

「その話の中で、良く聞くんだ。夏休みの最後の日は、すごく悲しかった、ってね。」

「・・・ええ。そうね。」

私は彼が、何を言わんとしているのかも解らないまま。
子供の頃を思い出して、こっくりと頷いた。

「夏休みが終わるのは、とても嫌だったわ。泣いた事もあるくらい。」

「でも、それは。」

ふ、と。
宙を仰いだ彼の顔が、微かに垣間見れた。

「その、”夏休み”が、とても楽しくて、幸せだったからじゃないかな。」

金色の巻き毛。
高く三角の鼻。
厚過ぎない唇。

「時が立てば、それも。」

私は、ただ、言葉も無く。
彼の声を、耳に入れるのみだ。
そう。

『綺麗・・・』

見惚れていた、のだろう。

「楽しい思い出として、後で笑顔で振り返られる。」

「え・・・」

「そうじゃない?」

「あ・・・」

不意に、向けられた笑顔。
私は思わず、目を背けた。
先程とは違う意味で、眩しかったから。

『こ、こら!治まれ!』

そして。
急激に火照る頬を、ぱしぱしと叩く。

「あの人達も、今はどうしようもなく悲しくても・・・」

彼は、構わずに言葉を継ぐ。

「いつか時が過ぎれば、君の声を。君の出演した作品を。君に与えられた思い出を。」

「・・・」

「笑顔で、振り返る事が出来る。」

「・・・あの・・・」

「君は、あの人達を、それだけ楽しませ、幸せにした。その証が、あの悲しみなんじゃないかな。」

「あなたは・・・?」

随分と間の抜けた話だけれど。
今更ながら、彼の素性が気になった。

『・・・まぁ、大体、予想は付くけど。』

逆光を作った、先程のまばゆい光。
それは、彼の頭上に輝く、大きな輪から発せられている。
おまけに。
背中には、純白の、羽根。

「僕かい?僕は、いや僕もね。」

彼は、これまた純白の、一枚布の衣服を翻し。

「君の、大ファンの一人だよ。」

そう、名乗った。

「え・・・」

流石に、その答えは予想外だ。

「ここから、ずっと君を見ていた。」

彼は、優し気に目を細める。

「自分が苦しい時だって、いつも、人を楽しませるために、元気付ける為に、素晴らしい声を、発し続けた、君を、ね。」

「あの・・・」

その、奥にある瞳は。

「ずっと、思っていた。」

妙に、熱っぽい。

「君みたいな妻を持てたら、どんなに素晴らしいだろう、ってね。」

「あっ・・・!」

いや。
熱を帯びているのは。
その、視線の先。
私の、顔かも知れない。
彼の、私を抱き寄せる腕。
華奢に思えて、存外逞しい、それと。
彼の、眼差し。

「どうかな。」

「え・・・」

「君さえ、良ければ・・・」

私の時が、止まる。
どれくらいの間、そうしていたかは、解らない。
でも。
彼の手を振り解かなかったのが、私の応え。
それでも彼を見詰めながら、は、ちょっと無理。
やっぱり顔を背けて。
私は、ゆっくり。
頷いた。









「ねぇ、パパ。」

「ん?何だ?」

「パパの部屋の戸棚から、ねぇ。」

「また勝手に家探ししてたのかい?」

「そんな事、どーでもいいのっ!」

「いつもそうやって誤魔化すんだからなぁ。」

「それよりほら、これ!」

「あ、それは・・・懐かしいなぁ。そのブルーレイ。」

「パパの若い頃のアニメ?」

「ああ。物凄く面白かったんだ。その作品。」

「ね、見ていい?」

「あ、いやその、それは、あの・・・」

「何?」

「若い女の子が見るような作品じゃ・・・」

「ちょっとくらい、性表現が入ってたって気にしないわよ。」

「せ、性表現って、お前・・・!」

「下ネタって概念も存在しないような退屈なアニメなんかより、ずっといいじゃん。」

「あ、あのな・・・」

「それに。」

「え?」

「私、来年からアニメ専門学校の声優科に行くんだもん。少しでも多くの作品見て、勉強したいの!」

「・・・」






「きゃははは!きゃははは!」

「・・・そんなに、面白いかい?」

「うん!最高!」

「そ、そっか。」

「特に、このキャラ!」

「ああ。その人。」

「お嬢様で清楚で美少女なのに、行動ぶっ飛び過ぎ!」

「あはは。確かにな。」

「でも、凄いよね・・・」

「ん?何が?」

「この、声優さん。」

「・・・うん。」

「清楚な時と興奮して暴走する時の声の使い分け。台詞の思い切り。すっごい上手い。」

「そうだな・・・」

「何て名前?」

「うん。松来、未祐さんって言うんだ。」

「へぇ~。」

父親の眼差しは遠く、宙を仰いでいた。
仄かな、笑みを浮かべて。









[完]





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