追悼
- カテゴリ:アニメ
- 2015/11/03 19:02:23
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
何度詫びても詫び足りない。
泣き叫ぶ者。
放心する者。
早いと激怒する者。
みんな。
みんな、私の所為で・・・
「何を、謝るんだい?」
ふと気付くと。
立ち尽くす私の隣に、差した影。
長身で細身の体躯は解るが、俯いたままの私は、その人の顔が確認できない。
「だって・・・だって・・・」
優しく、あやす様な。
私を包み込む様な。
落ち着いたその声に促されて。
「みん・・・な、が・・・みんな、を・・・」
それでも、とめどなく流れる涙は、私に上手く言葉を紡がせてくれない。
「かっ・・・」
「・・・」
「かな、しま、せちゃっ・・・!」
「・・・うん。」
「あ、あ・・・ああぁぁぁぁ!」
とうとう、私は耐え切れず。
声を挙げて、泣き出してしまった。
「あぁぁぁぁ!あぁぁぁぁ!」
それでも傍らに立った男の人は、私が一しきり泣き止むまで。
何も言わず、そこにいた。
「う・・・う・・・」
泣くだけ泣いたら、ちょっとだけ落ち着いて来た、けれど。
「みんな・・・」
見下ろすと、やはり、先程と同じ情景。
涙に暮れ。
譫言を呟き。
八つ当たりに壁を叩き。
「ご・・・べんだ・・・」
謝罪の言葉も、上手く言えない。
また、涙が浮かんでしまう。
と。
「・・・ねぇ。」
おもむろに。
傍らの男の人が、言葉を発した。
「夏休みの最後の日って、すごく悲しく無かった?」
「え・・・?」
「いや、僕なんかは夏休み、なんて経験した事は無いんだけど。」
思わず見返って、私の視界に飛び込んで来た、その人の顔は。
『まぶしっ・・・!』
何等かの光、その逆光で、良く見えなかった。
「でも、”こっち”に来る人から、良く話は聞いているからね。」
だけど。
微笑んでいる、と言う事だけは、何故か解る。
「その話の中で、良く聞くんだ。夏休みの最後の日は、すごく悲しかった、ってね。」
「・・・ええ。そうね。」
私は彼が、何を言わんとしているのかも解らないまま。
子供の頃を思い出して、こっくりと頷いた。
「夏休みが終わるのは、とても嫌だったわ。泣いた事もあるくらい。」
「でも、それは。」
ふ、と。
宙を仰いだ彼の顔が、微かに垣間見れた。
「その、”夏休み”が、とても楽しくて、幸せだったからじゃないかな。」
金色の巻き毛。
高く三角の鼻。
厚過ぎない唇。
「時が立てば、それも。」
私は、ただ、言葉も無く。
彼の声を、耳に入れるのみだ。
そう。
『綺麗・・・』
見惚れていた、のだろう。
「楽しい思い出として、後で笑顔で振り返られる。」
「え・・・」
「そうじゃない?」
「あ・・・」
不意に、向けられた笑顔。
私は思わず、目を背けた。
先程とは違う意味で、眩しかったから。
『こ、こら!治まれ!』
そして。
急激に火照る頬を、ぱしぱしと叩く。
「あの人達も、今はどうしようもなく悲しくても・・・」
彼は、構わずに言葉を継ぐ。
「いつか時が過ぎれば、君の声を。君の出演した作品を。君に与えられた思い出を。」
「・・・」
「笑顔で、振り返る事が出来る。」
「・・・あの・・・」
「君は、あの人達を、それだけ楽しませ、幸せにした。その証が、あの悲しみなんじゃないかな。」
「あなたは・・・?」
随分と間の抜けた話だけれど。
今更ながら、彼の素性が気になった。
『・・・まぁ、大体、予想は付くけど。』
逆光を作った、先程のまばゆい光。
それは、彼の頭上に輝く、大きな輪から発せられている。
おまけに。
背中には、純白の、羽根。
「僕かい?僕は、いや僕もね。」
彼は、これまた純白の、一枚布の衣服を翻し。
「君の、大ファンの一人だよ。」
そう、名乗った。
「え・・・」
流石に、その答えは予想外だ。
「ここから、ずっと君を見ていた。」
彼は、優し気に目を細める。
「自分が苦しい時だって、いつも、人を楽しませるために、元気付ける為に、素晴らしい声を、発し続けた、君を、ね。」
「あの・・・」
その、奥にある瞳は。
「ずっと、思っていた。」
妙に、熱っぽい。
「君みたいな妻を持てたら、どんなに素晴らしいだろう、ってね。」
「あっ・・・!」
いや。
熱を帯びているのは。
その、視線の先。
私の、顔かも知れない。
彼の、私を抱き寄せる腕。
華奢に思えて、存外逞しい、それと。
彼の、眼差し。
「どうかな。」
「え・・・」
「君さえ、良ければ・・・」
私の時が、止まる。
どれくらいの間、そうしていたかは、解らない。
でも。
彼の手を振り解かなかったのが、私の応え。
それでも彼を見詰めながら、は、ちょっと無理。
やっぱり顔を背けて。
私は、ゆっくり。
頷いた。
「ねぇ、パパ。」
「ん?何だ?」
「パパの部屋の戸棚から、ねぇ。」
「また勝手に家探ししてたのかい?」
「そんな事、どーでもいいのっ!」
「いつもそうやって誤魔化すんだからなぁ。」
「それよりほら、これ!」
「あ、それは・・・懐かしいなぁ。そのブルーレイ。」
「パパの若い頃のアニメ?」
「ああ。物凄く面白かったんだ。その作品。」
「ね、見ていい?」
「あ、いやその、それは、あの・・・」
「何?」
「若い女の子が見るような作品じゃ・・・」
「ちょっとくらい、性表現が入ってたって気にしないわよ。」
「せ、性表現って、お前・・・!」
「下ネタって概念も存在しないような退屈なアニメなんかより、ずっといいじゃん。」
「あ、あのな・・・」
「それに。」
「え?」
「私、来年からアニメ専門学校の声優科に行くんだもん。少しでも多くの作品見て、勉強したいの!」
「・・・」
「きゃははは!きゃははは!」
「・・・そんなに、面白いかい?」
「うん!最高!」
「そ、そっか。」
「特に、このキャラ!」
「ああ。その人。」
「お嬢様で清楚で美少女なのに、行動ぶっ飛び過ぎ!」
「あはは。確かにな。」
「でも、凄いよね・・・」
「ん?何が?」
「この、声優さん。」
「・・・うん。」
「清楚な時と興奮して暴走する時の声の使い分け。台詞の思い切り。すっごい上手い。」
「そうだな・・・」
「何て名前?」
「うん。松来、未祐さんって言うんだ。」
「へぇ~。」
父親の眼差しは遠く、宙を仰いでいた。
仄かな、笑みを浮かべて。
[完]