Nicotto Town



こわい男とこわがらない女

ほう。ほほう。

けぇ。けぇ。

フクロウを始め、雑多な夜行性の鳥の鳴き声。
その中を

ざ。ざ。ざ。

枯葉を踏む足音。
ゆらゆらと上下する灯り。
それが木立を縫って進む。

がささっ!

ぎゃあ!ぎゃあ!

「ひぃっ!」

鳥が飛び立つ音と声に、先行者の背に隠れ、青年が首を竦める。
ハの字型の眉とへの字の口許が、如何にも気弱な印象の顔貌。
普段は綺麗と形容される切れ長で二重の眼も、おどおどと左右に泳ぎ、台無しである。

「も~。だらしないなぁ。」

対して、彼に背を貸す、懐中電灯を携えたその少女。
きりりと引き締まった眉に、少々上向きの鼻、強い眼差し。
見るからに勝気そうだ。

「何びくびくしてんのよぅ!正一!」

「だ、だって・・・明日香・・・」

強い叱咤に、力無い反論。
これが二人の関係性を、如実に表している。

「き、気味悪いじゃん・・・」

「ただ暗いだけじゃない。」

「そ、その暗い、ってのが・・・」

「そりゃ、足元も良く見えないし、転んじゃうかも知んないけど。」

「そ、そう言う問題じゃなくてさぁ!」

「じゃあどう言う問題よ。」

「・・・お・・・」

「お?」

「お化け、とか・・・」

「は?」

「出そうじゃない?」

「あんたねぇ・・・」

はぁ、と溜息を吐き。
少女・・・明日香は、青年・・・正一に見返る。

「で?」

「え?」

「あんたの言うお化けって、何?」

「な、何、って・・・」

「ドラキュラ?狼男?」

「ば、馬鹿にするなよ!」

流石に正一も激昂するが、やはりいまいち迫力は無い。

「そ、そんな物いないってくらい・・・」

「じゃあ、何?」

「そ、それは・・・」

もじもじと身を揺すった末、正一はぽつりと、囁くように

「ゆ、幽霊・・・とか・・・」

と言った。
明日香の盛大な溜息が彼の耳に届く。

「あ、明日香は怖くないの!?」

正一は慌てて矛先を少女に向ける。

「だって、幽霊って元々、普通に生きてた人間じゃない。」

明日香の言葉は、どこまでも事も無気だ。

「人とすれ違って、いちいち怖がってらんないわよ。」

「そ、そんな事言ったって・・・」

「それに。」

ざっ・・・

明日香の足が、止まった。
目的地に到着したのだ。
その足元には、枯れた花が供えてある。

「幽霊が怖かったら、さ。」

明日香はバッグから、摘んで間もない、新たなスミレの花を取り出し、それに重ね。
静かに、手を合わせた。

「”あなたと”こんなふうに喋れる筈、無いじゃない。」

「・・・」

正一は。
すぅ、と。
”宙に浮いた”。

「あんたって、ほんとドジよね。」

明日香は笑い混じりに言い放つ。
が。
その口調には、何処か悲し気な音色が混じっていた。

「崖から落ちて、こんな寂しい所で死ぬだなんて。」

「仕方ないだろ。」

正一は、苦笑しつつ応える。

「足が滑ったんだ。」

「ドジ。」

「うるさいな。」

それから暫く、二人はそのまま、無言でそこに佇んでいた。

「・・・でもさ。」

不意に、正一が口を開いた。

「今日は、本当に有り難う。」

「あんたの四十九日を供養してあげるのなんて、私くらいだしね。」

「僕の好きな花、覚えててくれたんだね。」

「・・・」

二人の視線が、スミレの花に注がれる。

「・・・まぁ、これで僕も・・・」

正一の身が、夜空に吸い込まれるように。

「心置きなく、成仏、ってヤツが出来るよ。」

高く、高く、宙に。

・・・と。

「待ちなさいよ。」

明日香が、鋭く声を掛けた。

「何?」

「あんたが行こうとしてる先が、天国だかどこだかは知らないけど、さ。」

にや、と。
明日香の顔が、意地悪な笑みで歪む。

「そこって、多分、いえ確実に、あんたの怖い”死んだ人達”がいる所じゃない?」

「・・・!」

正一の眼が、見開かれ。
後、さぁ、と顔中が蒼褪め。
挙句、恐怖で引き攣る。

「こっちに残ってる方が、いいと思うよ?」

「で、でも・・・」

「そ、れ、に。」

明日香は正一を、きっ、と睨んだ。

「心置きなく、って何よ。」

「え?」

「私を一人にしといて、心残りが無いなんて言っちゃうワケ?」

「あ・・・」

正一の上昇は、何時の間にか止まっていた。

「ま、兎に角、さ。」

明日香はふ、とそっぽを向く。
染まった顔を隠したつもりなのだろうが、生憎、耳まで真っ赤である。

「”あっち”行く時は、また私が背中に隠したげるからさ。」

「明日香・・・」

「それまで、待ってなさいよ。」

「・・・うん。」

地上まで下降して来た正一は。
背後から明日香をぎゅ、と抱き締めた。

「ふ、ふん!」

突き放すような鼻息を一つ落とした明日香だったが。
正一の腕を振り払うそぶりも見せず。
むしろ、それに縋る様に、手を添えて。
目尻には、安堵の、だろうか。
光る物が、見えた。

「・・・」

正一もそれを認めたが、口にはしなかった。




わずかに欠けた上弦の月が、柔らかな光で二人を微かに照らす。





[完]




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