Nicotto Town



SWORD

「ふふふ・・・」

月明かりが刃を滑り、妖しい光を示す。
それを映したような眼光で、若侍が悦に入った笑みを浮かべる。

「わ、若様!新之助様!」

その傍らでわたわたと周囲を伺いながら、制止の声を挙げる中間姿の男も知らぬ気に。

「見よ。流石に、備前長船。この輝き、惚れ惚れするではないか。」

「も、もうこんな事、お止め下せぇよ!」

「何故だ。」

漸く、視線と言葉を向けられた物の。

「な、何故って!」

余りに屈託の無い眼差しと口調に、中間の恐慌は増す。

「どうせ庶民など、無為な生を歩み、下らぬ死に方をするのが落ちだ。」

ふふん、と鼻で笑いつつ。
新之助は、再びその刀身に魅入られつつ、語った。

「ならば、せめてこの業物で死ねるのは、至福と言えよう。」

「・・・」

「しかも、それを操るのは、一刀流免許皆伝のこの私、室戸新之助。その手に掛かるは、光栄の至り、と思わぬか?」

「し、新之助様・・・」

「案じるな、権蔵。」

声のみの抗議は、あっさり打ち消された。

「もし、誰ぞに目撃されて評定に掛かったとしても、相手に粗相があった故、無礼討ちに致したと答えれば良い。」

「そ、そん・・・」

「お前さえ口裏を合わせてくれれば、問題も無い。」

「なっ・・・!」

わざわざ自分を供に連れ出すのはそう言う算段か・・・
権蔵は、ぞぉっと背筋が凍るのを覚えた。




五千石の大身旗本にして、上様の御側衆も務める室戸上総之助晴臣。
その次男である新之助がそう訴えるのであれば、確かに評定所も、それ以上の詮議は出来まい。
それを良い事に、今夜で五度目。
銘刀に酔い痴れたか、己の腕に奢ったか。
今夜は何れの憐れな犠牲者が・・・
と。

「へぇ。備前長船に一刀流免許皆伝たぁ、確かにそりゃあ豪勢な肩書だな、兄ちゃん。」

「誰だ!」

新之助が、声の響いた背後に向き直る。
無論、太刀は油断無く中段に構えつつ。

「だがなぁ、若様兄ちゃんよ。」

そこには。
月代も剃らず、顎も無精髭で彩られ、纏った鼠色の着流しは継ぎだらけと言う出で立ちの、如何にも食い詰め浪人然とした二本を差した男が立っていた。

「名前だけじゃあ、本物の剣客とは言えねぇぜ。」

「何者だと訊いて居る!」

「俺ぁ、そう言った御立派な折り紙も無ぇし、こいつだって無銘の鈍らだが。」

「ええい!応えぬ気か!」

「それでも、兄ちゃんよりゃ、マシだぜ?」

「ぬぅっ!」

ここまで愚弄されては、最早是非も無し。
どの道、権蔵との話も聞かれているであろう。
生かして返す道理は無い。
と。

「てぇい!」

おろおろと右往左往する権蔵を尻目に、気合一閃。
中段から上段に振り上げ、と思いきや再び中段に構え直しての左横薙ぎ。
新之助、得意の型である。

『もらった!』

新之助の口許が、確信に歪む。
浪人者は、未だ抜いても・・・

「・・・え?」

しかし。
振り切った筈の太刀には何の手応えも無く。

「だから、言ったろ?」

浪人の声と、”納刀”のちん、と言う金音は、何故か背後から聞こえる。

「兄ちゃんのはただの、餓鬼のちゃんばらごっこだ。」

己の眼に留まらぬ速さで擦り抜けられた、その事に冷汗を伝わらせつつ

「ぬぅっ!」

二の太刀を浴びせんと、振り向いた刹那。

「・・・あ?」

視界に捉えた浪人の姿が、ぐらりと傾く。

「わ、若様ぁっ!」

それが、胴から首が転げ落ちた為だ、と最期まで理解せぬままに。
権蔵の悲痛な叫び声と。

「俺の名は、隙間風の連太郎。冥途の土産に、覚えときな。」

浪人の名乗りを、聞いていた。






「・・・これを。」

数日後。
千束にある料亭にて。
賤しからぬ武家の奥方と思しき女が、連太郎に向かい、切り餅(二十五両を束に纏めた紙包み)を四つ乗せた袱紗を、す、と畳の上に滑らせた。

「約束より、随分と多いみてぇだけど?」

連太郎は胡坐を掻きつつ太刀に縋ると言うだらしない恰好のまま、ふん、と鼻で笑い飛ばす。

「室戸家の名誉と家名が守られたのです。その、感謝の気持ちと思し召して。」

「ふ~ん。」

大身旗本の奥方ってのも、苦労が絶えんね、と。
連太郎が揶揄するかの如く、ぽつりと呟く。
その言葉に、女の背がぴくり、と震える。

「・・・私を・・・憎んでいるのですね。」

「別に。」

連太郎は、袱紗ごと金をむんずと掴み、懐に納めた。

「今更、恨み言繰ってもしゃあ無ぇしな。」

「・・・」

「確かに、”父親は違えど””血を分けた弟を”斬るハメになったなぁ、後味は悪ぃけど、よ。」

「連之助・・・」

「”自分の腹ぁ痛めた息子”を斬ってくれ、なんて人に頼んだ母親、程じゃねぇだろうし、な。」

「連・・・!」

「話はここまでだ。」

よっ、と、小さな声を挙げ、連太郎は立ち上がり、席を蹴った。

「他言無用は承知してる。心配しなさんな。」

あれも、これも、な。
去り際に耳に入った細やかなその一言の意味を、女は噛み締めて。




取り残された、その場で。
女ははらはらと、落涙を拭わぬまま。






[完]

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2015/12/22 21:59
ニコタでは稀に茶沢山さんのような手練れさんがひょっこりいらっしゃって、楽しくなります。



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