カメオ
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/24 13:11:19
「杏南・・・それ・・・」
「へへへ。似合う?」
杏南の纏った深紅のコートドレスは。
輝く様な、はにかんだ笑みと相まって。
夕闇の街を彩っていた。
「ねぇ。どうよ?」
「・・・」
僕は、応えない。
応えたら、何かが変わるかも知れない。
それを思うと、少し怖い。
「今年で、雄一と過ごすクリスマスって何度目になるのかなぁ。」
口を閉じたままの僕に焦れたのか。
或いは、特に深い意味は無いのかも知れない。
「・・・六歳の時からだから、十三回目だよ。」
「ふーん。もうそんなになるのかぁ。」
「他に、一緒に過ごす相手、いねーのかよ。」
「そんなの、お互い様じゃん。」
幼馴染み。
親友か兄妹のような関係。
お互い、気持ちは伝わっている、と思う。
それでも。
踏み出す一歩は、限り無く重い。
「・・・ねぇ。覚えてる?」
沈黙を破るのは、いつも杏南。
それを僕は、何気無しに、自分が情けない様に思えて。
「何を。」
自然、ぶっきら棒な口調になってしまう。
「最初に、一緒に過ごしたクリスマス。」
「・・・親に連れられてった会食ってだけだろ。」
「そうだけどさぁ・・・」
ちら、と肩越しに僕を伺う杏南。
それを”最初に一緒に過ごしたクリスマス”と先に言い出したのは僕の方だ、と、その時気付く。
「そ、それがどうしたんだよっ!」
それからの、毎年のクリスマスが。
その一つ一つが大切に胸に仕舞っている思い出なのだと。
それを言い出せない苛立ちか。
察せられてしまったのか、と言う羞恥と。
やっぱり、語気は荒くなる。
「あの帰りに出会った、カップル。」
「・・・」
やはり。
杏南はそれを意識していたのか。
だから、そのドレスコートなんだ。
「女の人の方、私に優しく声を掛けてくれて。」
「・・・うん。」
「とっても素敵だった!」
「美人だったよな。」
「あっれぇ~?雄一くぅ~ん?」
「な、何だよ。」
「君は、あーゆー女性がお好みかなぁ~?」
「・・・っ!」
僕は口を噤んで、そっぽを向く。
だって。
それを認めたら。
あの人と、瓜二つの、杏南。
ご丁寧に、今夜は同じ衣装。
見透かされているのだろうか、と。
「・・・男の人の方も、カッコ良かったね。」
やはり。
応えない僕の代わりに、杏南が話を進める。
「な、何だよ、お前こそ。」
やられっ放し感が強い僕は、つい反撃に出た。
「ああ言う男が好みかよ。」
「そうだよ。」
「な・・・」
それは、幼い頃の話。
恋慕と憧れが曖昧な、子供の感情。
嫉妬するには、余りに子供染みた・・・
「・・・そうかよ。」
俺は、どうやら子供染みた質らしい。
「うん。だって。」
杏南の声のトーンが落ちる。
こいつには珍しく、視線が斜め下に落ちる。
その顔は、赤い。
「・・・今の雄一に、そっくりなんだもん。」
「・・・え。」
「今日も、その恰好。」
「あ・・・」
意識していなかった・・・の、だろうか。
深層的には、意識していたのかも知れない。
ブルーのシャツ。
白いジャケット。
黒のダウンコート。
あの日の、彼と同じ服だ。
いや、そこは問題では無い。
「お前、今・・・」
「あれ?」
僕の問いは、遮られた。
杏南が何かに気付いて、駆け出す。
「お、おい。」
その背中を、追う僕。
辿り着いた先には。
「どうしたの?大丈夫?」
泣きじゃくる、女の子と。
「・・・」
不貞腐れた表情で顔を背けている、男の子。
丁度・・・そう。
六歳くらいだろうか。
「あら!折角の服が・・・」
見ると。
女の子のスカートには、泥の跡。
泣いている理由は、それらしい。
「君が、やったのかい?」
男の子に声を掛けて見る。
が、彼は口を真一文字に結んだまま。
『意地っ張りな子だな・・・』
「だったら、ちゃんと謝らないと。」
そう言いつつも。
内心は苦笑している、僕。
僕もこれくらいの頃は、こんな・・・
「・・・あれ?」
ふと。
頭に過る、記憶。
女の子側に首を巡らせると。
杏南もまた、目を見開いて、僕を見ている。
「これ・・・」
「あの日と・・・」
六歳の時の、クリスマス。
あの日、うっすらと積もった雪にはしゃぎ。
僕は遊びのつもりで、杏南にほぼ泥で形成された雪玉をぶつけ。
そして・・・
『そう言えば・・・』
女の子。
男の子。
その二人の顔は・・・
「おや。どうなさいました。」
「あっ・・・」
背後からの声に、僕はもう一つの事を思い出した。
『そうだ。あの時・・・』
振り向くと、そこには。
グレーのスーツの、ステッキを着いた男性。
和装で上品そうな、女性。
夫婦と思われる、初老の二人組。
『やっぱり!』
そう。
六歳の時の、クリスマス。
杏南と始めて一緒に過ごしたあの日と、全く同じ・・・
「・・・」
初老の男性は。
微かに微笑んで。
僕に、目配せめいた、一つの頷きを残し。
「大丈夫だよ。お嬢ちゃん。」
女の子に歩み寄って、その頭を撫でた。
「この程度なら、洗えばすぐに綺麗になるさ。跡も残らないよ。」
「さ、ボク。」
そして、初老の女性は。
男の子を、柔らかく抱きいだく様に、女の子から背を向けさせて。
「これは、おばあちゃんの、とっておきの宝物。」
自分の懐から、小さなカメオを取り出して。
男の子に、手渡す。
「これをあの子に渡して、仲直りなさい。」
「・・・」
男の子は俯いたまま。
突然、駆け出すと。
「あっ・・・」
女の子の手を掴んで、そのまま共に、去って行ってしまった。
「ね、ねぇ、雄一。」
気付くと、初老の夫婦の姿も消えている。
「い、今の、って・・・」
「そうだよ。」
僕は、全てを理解した。
そう。
あれは・・・
「僕は、あの日の、あの女の人が、好きだ。」
僕の眼差しは、杏南の顔に真っ直ぐ注がれる。
「今でも、ね。」
「え・・・」
暫く自失していた杏南は。
自分の姿を何気無しに見下ろし。
「ゆ、雄・・・!」
僕の言葉の意味に、気付いたのだろう。
頬を染めて。
でも、視線は僕に向けたまま。
「あの日、渡しそびれちゃったんだけどさ。」
僕は、ポケットから、”それ”を取り出す。
「あっ!」
杏南も、先程、目にしていた。
それは。
小さな、カメオ。
「メリークリスマス。杏南。」
「ゆう・・・いち・・・」
「・・・何も、泣かなくてもいいだろ。」
「だって・・・だって・・・!」
僕の胸に、飛び込んで来た杏南。
僕は、その華奢な身体を腕で包み。
長い長い間、その場に立ち尽くしていた。
「ねぇ。」
「ん?」
「あの、おじいちゃんとおばあちゃん、素敵だったね。」
「そうだな。」
「私達も、あんなふうに、歳を取っていけるかなぁ。」
「・・・うん。」
今朝、止んだ筈の雪が、ちらちらと舞い落ちる。
「きっと・・・」
北風は身に沁み入る寒さだけど。
杏南と組んだ腕だけは、暖かだ。
[完]