Nicotto Town



カメオ

「杏南・・・それ・・・」

「へへへ。似合う?」

杏南の纏った深紅のコートドレスは。
輝く様な、はにかんだ笑みと相まって。
夕闇の街を彩っていた。

「ねぇ。どうよ?」

「・・・」

僕は、応えない。
応えたら、何かが変わるかも知れない。
それを思うと、少し怖い。

「今年で、雄一と過ごすクリスマスって何度目になるのかなぁ。」

口を閉じたままの僕に焦れたのか。
或いは、特に深い意味は無いのかも知れない。

「・・・六歳の時からだから、十三回目だよ。」

「ふーん。もうそんなになるのかぁ。」

「他に、一緒に過ごす相手、いねーのかよ。」

「そんなの、お互い様じゃん。」

幼馴染み。
親友か兄妹のような関係。
お互い、気持ちは伝わっている、と思う。
それでも。
踏み出す一歩は、限り無く重い。

「・・・ねぇ。覚えてる?」

沈黙を破るのは、いつも杏南。
それを僕は、何気無しに、自分が情けない様に思えて。

「何を。」

自然、ぶっきら棒な口調になってしまう。

「最初に、一緒に過ごしたクリスマス。」

「・・・親に連れられてった会食ってだけだろ。」

「そうだけどさぁ・・・」

ちら、と肩越しに僕を伺う杏南。
それを”最初に一緒に過ごしたクリスマス”と先に言い出したのは僕の方だ、と、その時気付く。

「そ、それがどうしたんだよっ!」

それからの、毎年のクリスマスが。
その一つ一つが大切に胸に仕舞っている思い出なのだと。
それを言い出せない苛立ちか。
察せられてしまったのか、と言う羞恥と。
やっぱり、語気は荒くなる。

「あの帰りに出会った、カップル。」

「・・・」

やはり。
杏南はそれを意識していたのか。
だから、そのドレスコートなんだ。

「女の人の方、私に優しく声を掛けてくれて。」

「・・・うん。」

「とっても素敵だった!」

「美人だったよな。」

「あっれぇ~?雄一くぅ~ん?」

「な、何だよ。」

「君は、あーゆー女性がお好みかなぁ~?」

「・・・っ!」

僕は口を噤んで、そっぽを向く。
だって。
それを認めたら。
あの人と、瓜二つの、杏南。
ご丁寧に、今夜は同じ衣装。
見透かされているのだろうか、と。

「・・・男の人の方も、カッコ良かったね。」

やはり。
応えない僕の代わりに、杏南が話を進める。

「な、何だよ、お前こそ。」

やられっ放し感が強い僕は、つい反撃に出た。

「ああ言う男が好みかよ。」

「そうだよ。」

「な・・・」

それは、幼い頃の話。
恋慕と憧れが曖昧な、子供の感情。
嫉妬するには、余りに子供染みた・・・

「・・・そうかよ。」

俺は、どうやら子供染みた質らしい。

「うん。だって。」

杏南の声のトーンが落ちる。
こいつには珍しく、視線が斜め下に落ちる。
その顔は、赤い。

「・・・今の雄一に、そっくりなんだもん。」

「・・・え。」

「今日も、その恰好。」

「あ・・・」

意識していなかった・・・の、だろうか。
深層的には、意識していたのかも知れない。
ブルーのシャツ。
白いジャケット。
黒のダウンコート。
あの日の、彼と同じ服だ。
いや、そこは問題では無い。

「お前、今・・・」

「あれ?」

僕の問いは、遮られた。
杏南が何かに気付いて、駆け出す。

「お、おい。」

その背中を、追う僕。
辿り着いた先には。

「どうしたの?大丈夫?」

泣きじゃくる、女の子と。

「・・・」

不貞腐れた表情で顔を背けている、男の子。
丁度・・・そう。
六歳くらいだろうか。

「あら!折角の服が・・・」

見ると。
女の子のスカートには、泥の跡。
泣いている理由は、それらしい。

「君が、やったのかい?」

男の子に声を掛けて見る。
が、彼は口を真一文字に結んだまま。

『意地っ張りな子だな・・・』

「だったら、ちゃんと謝らないと。」

そう言いつつも。
内心は苦笑している、僕。
僕もこれくらいの頃は、こんな・・・

「・・・あれ?」

ふと。
頭に過る、記憶。
女の子側に首を巡らせると。
杏南もまた、目を見開いて、僕を見ている。

「これ・・・」

「あの日と・・・」

六歳の時の、クリスマス。
あの日、うっすらと積もった雪にはしゃぎ。
僕は遊びのつもりで、杏南にほぼ泥で形成された雪玉をぶつけ。
そして・・・

『そう言えば・・・』

女の子。
男の子。
その二人の顔は・・・

「おや。どうなさいました。」

「あっ・・・」

背後からの声に、僕はもう一つの事を思い出した。

『そうだ。あの時・・・』

振り向くと、そこには。
グレーのスーツの、ステッキを着いた男性。
和装で上品そうな、女性。
夫婦と思われる、初老の二人組。

『やっぱり!』

そう。
六歳の時の、クリスマス。
杏南と始めて一緒に過ごしたあの日と、全く同じ・・・

「・・・」

初老の男性は。
微かに微笑んで。
僕に、目配せめいた、一つの頷きを残し。

「大丈夫だよ。お嬢ちゃん。」

女の子に歩み寄って、その頭を撫でた。

「この程度なら、洗えばすぐに綺麗になるさ。跡も残らないよ。」

「さ、ボク。」

そして、初老の女性は。
男の子を、柔らかく抱きいだく様に、女の子から背を向けさせて。

「これは、おばあちゃんの、とっておきの宝物。」

自分の懐から、小さなカメオを取り出して。
男の子に、手渡す。

「これをあの子に渡して、仲直りなさい。」

「・・・」

男の子は俯いたまま。
突然、駆け出すと。

「あっ・・・」

女の子の手を掴んで、そのまま共に、去って行ってしまった。





「ね、ねぇ、雄一。」

気付くと、初老の夫婦の姿も消えている。

「い、今の、って・・・」

「そうだよ。」

僕は、全てを理解した。
そう。
あれは・・・

「僕は、あの日の、あの女の人が、好きだ。」

僕の眼差しは、杏南の顔に真っ直ぐ注がれる。

「今でも、ね。」

「え・・・」

暫く自失していた杏南は。
自分の姿を何気無しに見下ろし。

「ゆ、雄・・・!」

僕の言葉の意味に、気付いたのだろう。
頬を染めて。
でも、視線は僕に向けたまま。

「あの日、渡しそびれちゃったんだけどさ。」

僕は、ポケットから、”それ”を取り出す。

「あっ!」

杏南も、先程、目にしていた。
それは。
小さな、カメオ。

「メリークリスマス。杏南。」

「ゆう・・・いち・・・」

「・・・何も、泣かなくてもいいだろ。」

「だって・・・だって・・・!」

僕の胸に、飛び込んで来た杏南。
僕は、その華奢な身体を腕で包み。
長い長い間、その場に立ち尽くしていた。






「ねぇ。」

「ん?」

「あの、おじいちゃんとおばあちゃん、素敵だったね。」

「そうだな。」

「私達も、あんなふうに、歳を取っていけるかなぁ。」

「・・・うん。」

今朝、止んだ筈の雪が、ちらちらと舞い落ちる。

「きっと・・・」

北風は身に沁み入る寒さだけど。
杏南と組んだ腕だけは、暖かだ。







[完]





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