今日からニンジャ
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/11 16:01:21
「保科君。君には忍者になってもらうから。」
出勤早々、上司からそう告げられて戸惑わない者はいないだろう。
「・・・は?」
品田市職員、保科良治もまた例外では無い。
「ま、詳しい話は私が説明するわ。」
「い、生田!?」
背後からの声は、高校時代の後輩、生田愛美だ。
が。
「先輩を呼び捨てにするのが保科さんの社会人マナーなの?」
高校卒業後すぐに市役所に勤めた愛美の方が、大学に進学した良治よりもキャリアは長い。
「ま、兎に角、そう言う事だから。」
「ちょ、ちょっと課長!?」
「はいはい!保科君はこっち!」
「なっ!お、おい!これってどう言う・・・!」
混乱収まらぬ内、良治は愛美に背をぐいぐい押され、所属していた総務課を後にしたのだった。
「参ったなぁ・・・」
十五分後。
良治は市役所内の資料室で、大量の書物に埋もれ、椅子の背もたれに身を預け、だらしなく腰掛けていた。
「俺、こんな事する為に公務員になったんじゃないのに・・・」
「じゃ、どんな事する為に公務員になったの?」
愛美は書棚から、資料を漁っている。
「どんな事って・・・」
「どうせ、就活が面倒になって、地元戻って市役所勤めなら生活安定するし、程度の物でしょ?」
「・・・」
半分、図星である。
「でもこれは、遣り甲斐ある仕事よぉ。」
そして、良治の傍らに、どん!と漁った資料を追加。
良治は深い溜息を禁じ得なかった。
忍者になってもらう。
それは、品田市観光PR要員になれ、と言う事だった。
ここには、戦国の時代、忍びの村だったと言う伝承や史跡が残っている。
それを大々的に宣伝し、”忍者の里”として外部の人間を呼び込もう、と言う目論見である。
その際、案内、説明を担当するのが、良治の仕事、と言う訳だ。
・・・忍者装束で。
「それが何で俺なんだよ・・・」
「どこの部署も、大事な仕事抱えた人員を出せる訳無いじゃない。」
「人を役立たず呼ばわりかよ。」
「違うかな?配属二か月目の保科良治君?」
「・・・」
「兎に角っ!」
どん!
資料、更に追加。
「これが品田市の歴史と、忍者の資料ね。一通り目を通して置く事!」
良治はとうとう、頭を抱えてしまった。
「どう言う事です!?予算が下りないって!」
翌日。
出勤した良治が先ず目にしたのは、資料室の前で総務課長に詰め寄る愛美の姿だった。
「だから言ったじゃないか。」
課長は眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げて語気を荒げる。
「品田川の治水工事着工が決まってね。余分な仕事に回す金が無くなったんだよ。」
「治水工事なんて去年もやったじゃないですか!そんな毎年毎年!」
「今ここで君が喚いたって、市議会での決定は覆らんよ。」
「そんな・・・」
「兎に角、君は通常業務に戻りたまえ。保科君も、私の課に戻って貰うから。」
最後通告と共に、課長が踵を返す。
暫く呆然と立ち尽くしていた愛美が、ふと向けた目。
「保科君・・・」
「・・・生田。」
二人は言葉も無く、見詰め合っていた。
「・・・棚倉市議よ。」
資料室の中。
良治が落ち着かせる為に奢ったコーヒーを両手で包み込んでいた愛美が、沈黙を破った。
「棚倉?・・・って、あの。」
良治も地元出身者だ。
地域の事情は大まかに知っている。
「棚倉建設の?」
「ええ。実質的な経営者。」
「・・・」
一応、形としてはその弟が社長を務めている、品田市最大手の土建屋が棚倉建設だ。
公共事業は入札、とされてはいるが、対抗馬がいないため、先程課長が語っていた治水工事も棚倉建設が請け負う事になるだろう。
良治にも、その絡繰りが呑み込めた。
「悔しい・・・」
「生田・・・さん。」
「市役所に勤め始めた頃から・・・ずっと・・・ずっと申し入れてた企画だった・・・」
「高校の頃から、好きだったもんな。郷土史とか。」
「それが・・・形になるんだって・・・やっと夢が叶うんだって・・・!」
「・・・」
「先輩っ!」
背中を震わしていた愛美は、跳び付く様に良治に縋り、その胸に顔を埋め。
「私っ!私ぃっ!」
泣きじゃくり始めた。
「・・・今は、君が先輩だろ。」
その肩を抱き、少々冗談めかした良治だが。
その眼差しは、鋭く宙を睨んでいた。
「しかし、兄さんもヤリ手だね。」
その夜。
棚倉邸。
二人の男が、差し向かいで杯を重ねている。
棚倉市議と、棚倉建設社長たるその弟である。
双方ともでっぷりとした腹、てらてらと脂ぎった顔。
強欲な内面が姿にまで顕現しているかのようだ。
「”とっくに終わった工事”の為に、億単位の予算を引っ張って来るなんて。」
「何。河川敷にブルーシート敷いて土嚢でも積んで、社員の五、六人でもウロウロさせとけば、何かしらやってるように見えるさ。」
げはは、と嫌らし気な笑いが重なった、その時。
「ん?誰だ、こんな時間に。」
市議のポケットの携帯電話が振動した。
「もしも・・・」
”とっくに終わった工事の為に、億単位の予算を引っ張って来るなんて。”
”何。河川敷にブルーシート敷いて土嚢でも積んで、社員の五、六人でもウロウロさせとけば、何かしらやってるように見えるさ。”
「!」
応答の言葉の終わらぬ内、市議の耳に入った会話。
先程の、自分と弟の声だ。
思わず目を見開き、視線をさ迷わせる市議。
”盗聴器を仕掛けた訳じゃ無いですよ。御心配なさらず。”
続いて聞こえて来たのは、くぐもった声。
「き、貴様は誰だ!」
”名乗ると思います?”
「何が目的だ!言え!」
”大した事じゃありませんよ。”
電話の向こうの人物は、飄々と語る。
”ただ、市民の血税を、然るべき運用をして欲しいだけです。”
「・・・」
「兄さん?どうしたんだ?兄さん!?」
自失する市議。
只ならぬ雰囲気に焦燥し、訳も解らずその身を揺する弟。
そして、その棚倉邸の屋根には。
「・・・」
ぴ。
携帯の通話を切る、黒装束。
彼は、満月を背に、民家の屋根から屋根へ。
音も無く跳び去って行った。
数日後。
品田市役所資料室。
「ホントにこれ着て観光案内するの?俺。」
情けない顔で、如何にもな濃紺の衣装を纏った良治。
「あら。似合ってるわよ。」
再編成により、再び予算が下りる事になり、ご満悦の愛美。
「ひょっとしたら、保科君、この土地にいたって言う品田忍軍の末裔か何かじゃない?」
「・・・まさか。」
そう応えるまでの一瞬の間を、良治にとって幸いな事に、愛美は気にしてはいない様だった。
『親父・・・』
ふと、良治は。
”職務中の不慮の事故”で亡くなった、父親の事を思い出す。
『”あんたみたいな死に方”したくねぇから、平穏な公務員って職を選んだってのによ・・・』
「うん!カッコいいわよ!保科君!」
満面の笑みの愛美に、良治は眉尻を下げるより他、無かった。
[完]
『今日からニンジャ』拝読させていただきました!
市議に脅しをかけたのは保科君でしょうか。とても恰好良かったです!
これからも創作活動頑張ってください。