Nicotto Town



盗人

「だ、旦那様!旦那様ぁっ!」


「何です、朝っぱらから騒々しい。」


「か、金蔵が!金蔵が破られて居りますっ!」


「な、何ですって!?」


「昨夜、確かに掛けた筈の錠前も外されて居りまして・・・!」


「そ、それで!?幾ら盗まれたのですっ!」


「そ、それが・・・」


「な、何です!?それ程の大金が・・・」


「いえ、千両箱の一つが壊されて、その中の切り餅が一つ・・・」


「・・・は?」


「仔細に調べましたが、他は何も・・・」


「たったの・・・二十五両?うちの金蔵を破って置いて・・・?」


「如何しましょう。」


「如何ってお前・・・」


「番所に・・・届けますか?」


「止しときましょう。それだけなら、無くした物として諦めが付きますし、何より、可笑しな評判が立ってはいけません。盗人に入られた店など縁起が悪い、等と噂されては、客足に響きます。」


「では、この事は内密に・・・」





「よぉ!そこのあんちゃん!」


背後からの声。
八郎は、往来で風呂敷包みを抱えたまま振り向いた。


「・・・俺の事か。」


「へへへ。見てたぜ。」


「何を。」


「あんちゃん、若ぇのにいい腕してやがんなぁ。」


「だから、何の事だ。」


「しかも、二十五両ってぇのが心憎いじゃねぇか。ええ?その程度なら、上州屋ほどの大店だ。困りもしねぇし、届け出る事もねぇだろうしな。」


「・・・」


見られたのだ・・・
それを覚った八郎の眼光が鋭く光る。


「おっと。心配ぇすんなって。俺らも、同じ穴のむじな、ってヤツさ。」


男はがはは、と豪快に笑う。


「実は俺らも上州屋に忍び込んでたんだがな。あんちゃんに先を越されちまった。」


「・・・御同業、か。」


「ああ。春風の太吉、ってケチな一人働きだがな。」


「・・・太吉?」


八郎の眉がぴくり、と動く。


「聞いた事ぉあんのかい?へへへ。俺らもそれなりに名が通ってるからよぉ。」


「・・・」


誇らし気な太吉を、八郎はしげしげと眺める。


「おいおい。こっちが名乗ったんだ。あんちゃんの名前くらい、聞かせろよ。」


「・・・むじなの八郎。」


「むじなぁ!?」


顔を背けつつの名乗りに、太吉は素っ頓狂な声を挙げた。


「ははは!こいつぁいいや!俺らと同じ穴のむじなで、むじなの八郎たぁ!・・・って、おいおい。」


すたすたと先を行く八郎に、太吉が追い縋る。


「怒ったのかい?短気な野郎だね、どうも。」


そして、頭をぽりぽりと掻いている。


「ところで、さっきから気になってんだけどよ。その包みは何だい?」


「・・・」


「・・・まぁ、いいや。」


答えを得られぬと解り、太吉は話を戻した。


「いやぁ、昨夜は参ったぜ。忍び込んだはいいが、おっつけ、あんちゃんが入って来やがって。」


「・・・」


「それが見てりゃ、結構な名人芸じゃねぇか。店のもん、誰一人起こさず、見事に錠前を外しやがる。」


「・・・あんた。」


八郎は、徐に口を開いた。


「それを、どこから見ていた?」


「へ?」


太吉の目が、真ん丸く見開かれる。


「どこからって、そりゃあ・・・え?」


「それに。」


八郎は、ふぅ、と溜息を吐いた。


「あんた、先に忍んでいたなら・・・どうして”仕事をせず、ただ見てたんだ”?」


「え?あぁ・・・そりゃ・・・えーと・・・」


言われて見れば、と言った風情。
どうやら太吉自身にも解からぬらしい。


「俺らは・・・あ!お、おい!ちょっと待てって!」


またしても遠ざかった八郎の背を、太吉は再び追い掛けた。





「これまた、辛気臭ぇ所に来たねぇ。」


八郎が足を止めたのは、荒れ寺の真ん前だった。


「和尚。いるか。」


八郎はそのまま、ずかずかと上がり込む。


「和尚。」


「おう。」


本堂で漸く認めた剃髪の大入道は、だらしない胡坐、ぼろぼろの僧衣、傍らに酒徳利、と言う出で立ち。


「・・・如何にも生臭、って感じの坊主だねぇ。」


太吉が眉をしかめる。


「先ず、これを。」


八郎は太吉を無視して、入道の前に風呂敷包みを差し出す。


「親父の、遺骨だ。」


「おお。」


「そして、これで・・・」


八郎は懐を探り、切り餅を添える。


「親父の供養を、お願いする。」


「・・・引き受けた。」


流石に入道も、居住まいを正し、真摯に合掌一礼の姿を取った。


「あんちゃんの親父さん、くたばっちまってたのかい?」


太吉が怪訝な顔で質すが、八郎は答えない。


「この金は。」


やがて、入道が静かに問う。


「やはり、”上州屋”の金蔵から?」


「・・・」


八郎の、無言の肯定。


「それは、良い供養になる。」


「おいおい。」


太吉はすっかり呆れ返っていた。


「盗み金と知って受け取るたぁ、なんつー坊主だよ。しかもそれを・・・」


”良い供養”。


「・・・どう言う意味だ?」


「二十年越しの弔いだからな。」


八郎は太吉に横目で視線を寄越し、意味有り気ににやりと笑う。


「或いは”成仏出来ずに、そこら辺をさ迷ってるかも知れない”。」


「・・・え?」


戸惑う太吉。


「致し方あるまい。盗みに入った店で捕まり、首を打たれた罪人の葬儀など、大っぴらに出来るもんでもないし、な。だが。」


入道は、がはは、と豪快に笑い


「”親父殿のやりかけた仕事”で”得た金”での供養だ。きっと、草葉の陰で喜んでいよう。しかし。」


後、しんみりと呟いた。


「”春風の太吉”とも有ろう者が、よくよくドジを踏んだ物だ。」


「なっ・・・!」


太吉はあんぐりと顎を外さんばかりに開き、そして・・・


「お前ぇ・・・」


続いて、八郎に目を遣る。
八郎は、未だニヤニヤ笑いを浮かべたまま。
こっくりと、頷いた。


「・・・確かに、ドジだぁな、俺ら。」


やがて、太吉は苦く笑った。


「手前ぇが”死んだ”事すら、忘れてたなんざ、洒落にならねぇや。」


「・・・」


八郎の眼差しには、淡く哀悼の意が込められた。


「ま、そっちの坊主の言う通りさ。いい供養をして貰ったぜ。」


太吉の姿が、すぅ、と薄らぐ。


「これで成仏しなきゃ、嘘ってもんだ。なぁ。」


そして、完全に消える寸前。


「八郎。」


その名を、呼んだ。


「親父・・・」


八郎は、静かに、その目を閉じる。


「・・・」


入道は、八郎の目尻に光る物を認め。
再び、手を合わせ、簡単な読経を始めた。






[完]








Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.