盗人
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/20 07:20:30
「だ、旦那様!旦那様ぁっ!」
「何です、朝っぱらから騒々しい。」
「か、金蔵が!金蔵が破られて居りますっ!」
「な、何ですって!?」
「昨夜、確かに掛けた筈の錠前も外されて居りまして・・・!」
「そ、それで!?幾ら盗まれたのですっ!」
「そ、それが・・・」
「な、何です!?それ程の大金が・・・」
「いえ、千両箱の一つが壊されて、その中の切り餅が一つ・・・」
「・・・は?」
「仔細に調べましたが、他は何も・・・」
「たったの・・・二十五両?うちの金蔵を破って置いて・・・?」
「如何しましょう。」
「如何ってお前・・・」
「番所に・・・届けますか?」
「止しときましょう。それだけなら、無くした物として諦めが付きますし、何より、可笑しな評判が立ってはいけません。盗人に入られた店など縁起が悪い、等と噂されては、客足に響きます。」
「では、この事は内密に・・・」
「よぉ!そこのあんちゃん!」
背後からの声。
八郎は、往来で風呂敷包みを抱えたまま振り向いた。
「・・・俺の事か。」
「へへへ。見てたぜ。」
「何を。」
「あんちゃん、若ぇのにいい腕してやがんなぁ。」
「だから、何の事だ。」
「しかも、二十五両ってぇのが心憎いじゃねぇか。ええ?その程度なら、上州屋ほどの大店だ。困りもしねぇし、届け出る事もねぇだろうしな。」
「・・・」
見られたのだ・・・
それを覚った八郎の眼光が鋭く光る。
「おっと。心配ぇすんなって。俺らも、同じ穴のむじな、ってヤツさ。」
男はがはは、と豪快に笑う。
「実は俺らも上州屋に忍び込んでたんだがな。あんちゃんに先を越されちまった。」
「・・・御同業、か。」
「ああ。春風の太吉、ってケチな一人働きだがな。」
「・・・太吉?」
八郎の眉がぴくり、と動く。
「聞いた事ぉあんのかい?へへへ。俺らもそれなりに名が通ってるからよぉ。」
「・・・」
誇らし気な太吉を、八郎はしげしげと眺める。
「おいおい。こっちが名乗ったんだ。あんちゃんの名前くらい、聞かせろよ。」
「・・・むじなの八郎。」
「むじなぁ!?」
顔を背けつつの名乗りに、太吉は素っ頓狂な声を挙げた。
「ははは!こいつぁいいや!俺らと同じ穴のむじなで、むじなの八郎たぁ!・・・って、おいおい。」
すたすたと先を行く八郎に、太吉が追い縋る。
「怒ったのかい?短気な野郎だね、どうも。」
そして、頭をぽりぽりと掻いている。
「ところで、さっきから気になってんだけどよ。その包みは何だい?」
「・・・」
「・・・まぁ、いいや。」
答えを得られぬと解り、太吉は話を戻した。
「いやぁ、昨夜は参ったぜ。忍び込んだはいいが、おっつけ、あんちゃんが入って来やがって。」
「・・・」
「それが見てりゃ、結構な名人芸じゃねぇか。店のもん、誰一人起こさず、見事に錠前を外しやがる。」
「・・・あんた。」
八郎は、徐に口を開いた。
「それを、どこから見ていた?」
「へ?」
太吉の目が、真ん丸く見開かれる。
「どこからって、そりゃあ・・・え?」
「それに。」
八郎は、ふぅ、と溜息を吐いた。
「あんた、先に忍んでいたなら・・・どうして”仕事をせず、ただ見てたんだ”?」
「え?あぁ・・・そりゃ・・・えーと・・・」
言われて見れば、と言った風情。
どうやら太吉自身にも解からぬらしい。
「俺らは・・・あ!お、おい!ちょっと待てって!」
またしても遠ざかった八郎の背を、太吉は再び追い掛けた。
「これまた、辛気臭ぇ所に来たねぇ。」
八郎が足を止めたのは、荒れ寺の真ん前だった。
「和尚。いるか。」
八郎はそのまま、ずかずかと上がり込む。
「和尚。」
「おう。」
本堂で漸く認めた剃髪の大入道は、だらしない胡坐、ぼろぼろの僧衣、傍らに酒徳利、と言う出で立ち。
「・・・如何にも生臭、って感じの坊主だねぇ。」
太吉が眉をしかめる。
「先ず、これを。」
八郎は太吉を無視して、入道の前に風呂敷包みを差し出す。
「親父の、遺骨だ。」
「おお。」
「そして、これで・・・」
八郎は懐を探り、切り餅を添える。
「親父の供養を、お願いする。」
「・・・引き受けた。」
流石に入道も、居住まいを正し、真摯に合掌一礼の姿を取った。
「あんちゃんの親父さん、くたばっちまってたのかい?」
太吉が怪訝な顔で質すが、八郎は答えない。
「この金は。」
やがて、入道が静かに問う。
「やはり、”上州屋”の金蔵から?」
「・・・」
八郎の、無言の肯定。
「それは、良い供養になる。」
「おいおい。」
太吉はすっかり呆れ返っていた。
「盗み金と知って受け取るたぁ、なんつー坊主だよ。しかもそれを・・・」
”良い供養”。
「・・・どう言う意味だ?」
「二十年越しの弔いだからな。」
八郎は太吉に横目で視線を寄越し、意味有り気ににやりと笑う。
「或いは”成仏出来ずに、そこら辺をさ迷ってるかも知れない”。」
「・・・え?」
戸惑う太吉。
「致し方あるまい。盗みに入った店で捕まり、首を打たれた罪人の葬儀など、大っぴらに出来るもんでもないし、な。だが。」
入道は、がはは、と豪快に笑い
「”親父殿のやりかけた仕事”で”得た金”での供養だ。きっと、草葉の陰で喜んでいよう。しかし。」
後、しんみりと呟いた。
「”春風の太吉”とも有ろう者が、よくよくドジを踏んだ物だ。」
「なっ・・・!」
太吉はあんぐりと顎を外さんばかりに開き、そして・・・
「お前ぇ・・・」
続いて、八郎に目を遣る。
八郎は、未だニヤニヤ笑いを浮かべたまま。
こっくりと、頷いた。
「・・・確かに、ドジだぁな、俺ら。」
やがて、太吉は苦く笑った。
「手前ぇが”死んだ”事すら、忘れてたなんざ、洒落にならねぇや。」
「・・・」
八郎の眼差しには、淡く哀悼の意が込められた。
「ま、そっちの坊主の言う通りさ。いい供養をして貰ったぜ。」
太吉の姿が、すぅ、と薄らぐ。
「これで成仏しなきゃ、嘘ってもんだ。なぁ。」
そして、完全に消える寸前。
「八郎。」
その名を、呼んだ。
「親父・・・」
八郎は、静かに、その目を閉じる。
「・・・」
入道は、八郎の目尻に光る物を認め。
再び、手を合わせ、簡単な読経を始めた。
[完]