Nicotto Town



屋上

この一週間には、二日程雨の日もあった。
にも関わらず、コンクリート地面の放射状の赤黒い染みは、未だ消え残っている。
その突端は不気味にうねり。
端に立つ私の足を絡め取らんとしている触手の様にも見える。
ここで。
一つの命が消えたのだ。
その事実が、私にこんな妄想を促すのだろう。


「・・・」


隣接する校舎。
その屋上に視線を移す。
と。


「あっ・・・!」


午後の日差しの逆光で、顔は見えない。
が。
あの、背格好。
あの、立ち姿。


「まさか・・・!」


遠藤裕也に間違い無かった。


「遠藤君・・・!」


考えるより先に、動き出した足。
校舎裏口に飛び込み。
階段を駆け上がり。
私は屋上を目指し・・・


『遠藤君!』


一週間前の、出来事を脳裡に浮かべた。





あの日。
放課後。
屋上。
ストーカー行為を止めろと、詰め寄る私。
そんなつもりじゃない、本当に好きなんだと訴える遠藤君。
その内、私達二人は揉み合いになり・・・
遠藤君が背にしたフェンスのネジが緩んでいて・・・
悲鳴。
落下。
そして・・・





「遠藤君!」


私が屋上に到着すると。


「・・・」


彼、遠藤裕也は・・・
相変わらず、外れたフェンスの、その下。
落下地点を、じっと眺めていた。


「遠藤君・・・」


その背中を見詰めながら、私は。
死んでも魂と心は残るんだな、と言う、間の抜けた事を考えていた。
やがて。


「間宮・・・清美・・・」


振り向かないまま、遠藤君は。
私の名前を、呟いた。


「遠藤君・・・」


私は、彼の背中に歩み寄る。
恐怖心など、微塵も湧いて来ない。
何故なら。


「間宮・・・ごめん・・・俺のせいで・・・」


遠藤君は、震えつつ、そこに花を供え。
手を、合わせた。
私は再び、一週間前の情景を思い出す。





”あんた、どう言うつもり!?”


”ど、どうって、別に・・・”


”「あすみちゃん」は私の友達なんだからね!ストーカーなんて真似するの、止めなさいよ!”


”あ、あの時は・・・こ、声掛けようと思ったんだよ!でも、切っ掛けが掴めなくて、つい、後を付いて行く見たいな形になっただけで・・・”


”・・・否定はしないんだね。ストーカー行為。”


”だ、だから、ストーカーなんかじゃ・・・俺は、本気であすみちゃんが好きなだけなんだ!”


”・・・そんなに、あすみがいいの?”


”え?”


”そりゃ、あすみは美人だし、性格も明るいし・・・でも・・・”


”ま、間宮?”


”何であすみなの!?何で「私じゃないの」!?”


”お、お前・・・”


”何で!どうしてよぉ!こんなに好きなのに!こんなに!こんなにっ!”


”お、おい、間宮・・・”


”あなたの事がっ!遠藤君の事が好きなのは私なんだよ!?なのに何で!”


”ちょ、ちょっと待っ・・・”


”あなたの好きな相手が!何で私じゃなくてあすみなのよぉっ!”


”あ、危っ!”


”え?きゃっ!?”


外れなかったフェンスに、何とか掴まった遠藤君。
遠藤君の差し伸べた手を、掴み損ねた、私。
そう。
魂と心を残したのは、私の方だったのだ。





「遠藤君・・・」


私は、彼の背中に寄り添った。
触れられる訳でも無く、ただ、形だけの所作だ。
それでも。
今。
彼の心には。
その中心には、私がいる。
それだけで、満足・・・


「ごめんな・・・間宮・・・」


「もう、いいよ。私は・・・」


「お前の気持ちに・・・応えてやれなくて・・・」


「・・・え?」


「それでもさ・・・俺・・・あすみちゃんの事が・・・」


「!」


絶望。
虚無。
混沌。
一拍遅れて。
暗黒。
この世に残った私の心は、その色に染められた。


「遠藤・・・裕也・・・!」


魂。心。
形無い筈の、私は。
憎悪。
呪詛。
怨念。
徐々に、明確な”モノ”となり。
小さな、小さな力を、加える事が出来た。


「えっ?う、うわっ!?」


その背中を、とん、と。
途切れたフェンスの、その向こう側へと、押しやる位の。






「・・・」


私は暫く、私の血の痕を、重ねて染める地面の遠藤君を眺めていた。
と。


「・・・え?」


背後に、気配。
振り向けば。


「遠藤君!?」


彼の、魂だ。
彼も、残す事が、出来たのだ。


「遠藤君・・・」


そう。
私達二人は。
同じ場所で命を落とした、同じ存在となったのだ。
所謂、地縛霊、と言う物。


「ねぇ・・・遠藤君・・・」


私達は。
永遠に二人きり。
ずっと、一緒に。
この場所で・・・


「あすみ・・・」


「・・・え?」


「あすみ。」


「遠藤君?」


「あすみ。あすみ。あすみ。」


「・・・!」


私は、気付いた。
彼が残した”心”は。
あすみに対する、思慕の念だったのだ。


「あすみ。あすみ。あすみ。」


「いや・・・」


「あすみ、あすみ。あすみ。」


「やめて・・・」


「あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。」


そう。
私は。
ここで。
永遠に。
自分の、想い人が。
他の女の名を呟く様を。
ずっと見せ付けられる。
そんな、地獄に。
堕とされてしまったのだ。


「あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あす・・・」


「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」







[完]

アバター
2016/03/26 14:18
これ「どっちが幽霊なのか」ってオチで終わる短い話の発展形なんですが、そっちの方が良かったかな・・・



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