屋上
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/26 14:11:16
この一週間には、二日程雨の日もあった。
にも関わらず、コンクリート地面の放射状の赤黒い染みは、未だ消え残っている。
その突端は不気味にうねり。
端に立つ私の足を絡め取らんとしている触手の様にも見える。
ここで。
一つの命が消えたのだ。
その事実が、私にこんな妄想を促すのだろう。
「・・・」
隣接する校舎。
その屋上に視線を移す。
と。
「あっ・・・!」
午後の日差しの逆光で、顔は見えない。
が。
あの、背格好。
あの、立ち姿。
「まさか・・・!」
遠藤裕也に間違い無かった。
「遠藤君・・・!」
考えるより先に、動き出した足。
校舎裏口に飛び込み。
階段を駆け上がり。
私は屋上を目指し・・・
『遠藤君!』
一週間前の、出来事を脳裡に浮かべた。
あの日。
放課後。
屋上。
ストーカー行為を止めろと、詰め寄る私。
そんなつもりじゃない、本当に好きなんだと訴える遠藤君。
その内、私達二人は揉み合いになり・・・
遠藤君が背にしたフェンスのネジが緩んでいて・・・
悲鳴。
落下。
そして・・・
「遠藤君!」
私が屋上に到着すると。
「・・・」
彼、遠藤裕也は・・・
相変わらず、外れたフェンスの、その下。
落下地点を、じっと眺めていた。
「遠藤君・・・」
その背中を見詰めながら、私は。
死んでも魂と心は残るんだな、と言う、間の抜けた事を考えていた。
やがて。
「間宮・・・清美・・・」
振り向かないまま、遠藤君は。
私の名前を、呟いた。
「遠藤君・・・」
私は、彼の背中に歩み寄る。
恐怖心など、微塵も湧いて来ない。
何故なら。
「間宮・・・ごめん・・・俺のせいで・・・」
遠藤君は、震えつつ、そこに花を供え。
手を、合わせた。
私は再び、一週間前の情景を思い出す。
”あんた、どう言うつもり!?”
”ど、どうって、別に・・・”
”「あすみちゃん」は私の友達なんだからね!ストーカーなんて真似するの、止めなさいよ!”
”あ、あの時は・・・こ、声掛けようと思ったんだよ!でも、切っ掛けが掴めなくて、つい、後を付いて行く見たいな形になっただけで・・・”
”・・・否定はしないんだね。ストーカー行為。”
”だ、だから、ストーカーなんかじゃ・・・俺は、本気であすみちゃんが好きなだけなんだ!”
”・・・そんなに、あすみがいいの?”
”え?”
”そりゃ、あすみは美人だし、性格も明るいし・・・でも・・・”
”ま、間宮?”
”何であすみなの!?何で「私じゃないの」!?”
”お、お前・・・”
”何で!どうしてよぉ!こんなに好きなのに!こんなに!こんなにっ!”
”お、おい、間宮・・・”
”あなたの事がっ!遠藤君の事が好きなのは私なんだよ!?なのに何で!”
”ちょ、ちょっと待っ・・・”
”あなたの好きな相手が!何で私じゃなくてあすみなのよぉっ!”
”あ、危っ!”
”え?きゃっ!?”
外れなかったフェンスに、何とか掴まった遠藤君。
遠藤君の差し伸べた手を、掴み損ねた、私。
そう。
魂と心を残したのは、私の方だったのだ。
「遠藤君・・・」
私は、彼の背中に寄り添った。
触れられる訳でも無く、ただ、形だけの所作だ。
それでも。
今。
彼の心には。
その中心には、私がいる。
それだけで、満足・・・
「ごめんな・・・間宮・・・」
「もう、いいよ。私は・・・」
「お前の気持ちに・・・応えてやれなくて・・・」
「・・・え?」
「それでもさ・・・俺・・・あすみちゃんの事が・・・」
「!」
絶望。
虚無。
混沌。
一拍遅れて。
暗黒。
この世に残った私の心は、その色に染められた。
「遠藤・・・裕也・・・!」
魂。心。
形無い筈の、私は。
憎悪。
呪詛。
怨念。
徐々に、明確な”モノ”となり。
小さな、小さな力を、加える事が出来た。
「えっ?う、うわっ!?」
その背中を、とん、と。
途切れたフェンスの、その向こう側へと、押しやる位の。
「・・・」
私は暫く、私の血の痕を、重ねて染める地面の遠藤君を眺めていた。
と。
「・・・え?」
背後に、気配。
振り向けば。
「遠藤君!?」
彼の、魂だ。
彼も、残す事が、出来たのだ。
「遠藤君・・・」
そう。
私達二人は。
同じ場所で命を落とした、同じ存在となったのだ。
所謂、地縛霊、と言う物。
「ねぇ・・・遠藤君・・・」
私達は。
永遠に二人きり。
ずっと、一緒に。
この場所で・・・
「あすみ・・・」
「・・・え?」
「あすみ。」
「遠藤君?」
「あすみ。あすみ。あすみ。」
「・・・!」
私は、気付いた。
彼が残した”心”は。
あすみに対する、思慕の念だったのだ。
「あすみ。あすみ。あすみ。」
「いや・・・」
「あすみ、あすみ。あすみ。」
「やめて・・・」
「あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。」
そう。
私は。
ここで。
永遠に。
自分の、想い人が。
他の女の名を呟く様を。
ずっと見せ付けられる。
そんな、地獄に。
堕とされてしまったのだ。
「あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あすみ。あす・・・」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」
[完]
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- 茶沢山
- 2016/03/26 14:18
- これ「どっちが幽霊なのか」ってオチで終わる短い話の発展形なんですが、そっちの方が良かったかな・・・
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