はいじまさん。
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/30 07:32:37
「ねえ・・・」
それまで避けていた話題。
それでも、もう限界だった。
「拝島さんって・・・」
たまたま、休日が重なったバイト仲間の石井君に誘われ、居酒屋で少し飲んだ後。
私は口を開いた。
「俺のシフト、昨夜の夜十二時から朝八時だったんだけどさ・・・」
石井君も。
それが何の話か、察したようだ。
「俺の出勤前からいて、退出する時も品出しやってたんだよな・・・」
「・・・」
「美香ちゃんは、今朝九時からだったよね・・・」
「・・・夕方の四時まで・・・」
「・・・で・・・拝島さんは・・・」
「・・・私が帰る時間も・・・働いてた・・・」
私と石井君は顔を見合わせ。
多分、私の目にも、石井君と同じ色が映っていたのだろう。
恐怖。
二十五歳、フリーター。
大学卒業後、決まっていた就職先が倒産し、仕方なくバイト生活。
拝島さんが語った、自身のプロフィール。
大学生の私や、高校卒業後劇団員をやっている石井君より、少しだけ年上で、バイトでも古株。
それでも、休みを申請すると嫌味を言う店長とは違い、先輩風を吹かせる事も無く、気さくで、とても話し易く、いつでも明るい人だ。
けど・・・
「拝島さん・・・いつ休んでるんだ?」
二十四時間、三百六十五日、年中無休。
拝島さんの姿が、職場であるコンビニエンスストアの中から消える事は無い。
私は這い上がる悪寒に、自分の身を抱き締めてしまった。
だが。
「えー!?そんなぁ!」
「うっそだろー!?」
三日後。
私と石井君は思わず声を揃えてしまった。
安堵の笑みを口許に浮かべて。
「ははは。言って無かったかぁ。」
それに挟まれて、照れたような笑みを浮かべた拝島さん。
実は、拝島さんは。
”双子”だったのだそうだ。
今、こうして私達と一緒に飲んでいるのは、弟の洋平さん。
そして、この時間、職場に勤務しているのは、兄の洋大さん、なのだそうだ。
「いや、やっぱり兄弟で同じ職場だと、何かと便利でしょ?でも、二人並んで仕事するのも、何だか照れ臭いし・・・」
「それで入れ替わりの時間に働いて、休みも別にしてたワケっすかぁ!」
なぁんだ、と言った態で、石井君がビールを煽る。
「あはは。君達、僕があのコンビニの主か何かとでも思ってたのかい?」
「・・・ちょっと。」
拝島さんの冗談に、私は半分本気の答えを口にした。
こいつぅ、と、拝島さんは笑いながら、私を軽く小突いた。
これで、拝島さんの謎が明らかになった、のだが・・・
それから三日後。
突然の奇禍。
拝島兄弟の弟さん、洋平さんが、居眠り運転のトラックに撥ねられ、そのまま・・・
「しかし、あの拝島君が亡くなるなんてな・・・」
翌日。
私のシフトが店長と重なった。
「・・・」
あの日、一緒に飲んだ・・・
普通に楽し気に笑っていた洋平さんがもういないのだ、等と言う事が、私にはまだ信じられない。
「しっかし、驚いたよ。」
店長は、溜息と共に呟いた。
「あの拝島君が”双子だったなんて”。」
「・・・え?」
この人は店長だ。
シフトもこの人が組む。
なのに・・・
「それにしても、参った。」
今日、この時間は本来、拝島洋大さんの勤務シフトだったのだ。
「本来、僕が店を出る時間じゃ無かったんだけどなぁ・・・拝島君が急に忌引きなんて取るから・・・もう十三時間も出ずっぱりだよ、僕。」
その後も、新しいバイト見付けなきゃ、ああ面倒臭いなぁ、とブツブツ愚痴を垂れ流す店長に・・・
私はあの日感じた悪寒以上のそれを感じて、言葉を失った。
私がそのコンビニのバイトを店長に愚痴られつつ辞めたのは、一週間後の事だった。
[完]
店長は”拝島兄弟が同一人物”と誤認したまま”それまでのシフトを組んでいた”のです・・・