Nicotto Town



へんたい!

「へっへっへ~。共実ぃ~。」

「何だよ和樹。気持ち悪ぃな。」

「い~い季節になったよなぁ。」

「あぁ?」

「女子は邪魔なベストを脱いで薄手のシャツだけ!」

「あー。衣替えか。」

「これから秋まで透けブラ見放題!これで雨にでも濡れた日にゃあ、くぅ~!」

「・・・」

「な?福眼たぁこの事じゃあねぇですかい、共実さんっ!」

「・・・まぁ、否定はしない。」

「だろ?だろぉ?やっぱりお前なら解ってくれると思ったんだよ共実ぃ!」

「ちょっとそこの変態二人っ!やらしー目で見ないでくれるっ!」

「はぁっ!?だぁ~れが手前ぇみてぇなブスなんか見るかよ!」

「な、何ですってぇっ!?」




『・・・あー。』

休み時間の喧騒。
下らない馬鹿話と、小競り合い。
この、佐原中学二年A組としては、特筆すべき事でもない、いつもの風景。
私はただの傍観者として自分の席で耳に入れていただけだったが。

『やな予感がする・・・』

隣の席の女生徒にして私の幼馴染であり、親友でもある小田美和が斜め下の床を険しい眼差しで見詰めている事に、気付いてしまった。

「・・・明日香君。」

「は、はいぃっ!?」

おもむろに、美和が口を開いた。
私の声が思わず裏返る。

「相談がある。放課後、校舎裏まで来てくれ給え。」

・・・あぁ。ほら、やっぱり。




「・・・君だけには、話してあったね。」

私が重い足取りで校舎裏に到着すると。
美和はこちらに背を向けたまま、そう切り出した。

「私が、秘かに想いを寄せている男子がいる事を。」

「あ、あ~・・・うん・・・」

岩田共実。
成績は中の上。
バスケが好きで、バスケ部所属。
真面目な性格も相まって練習は一生懸命だが、実力は中の下。
高くもない身長と生来の運動音痴が災いし、背番号を獲得する見込みは薄い。
・・・以上、小田美和情報。

「バスケ部のマネージャーになるくらいだもんねぇ。」

「何の事だ?私はただ、バスケットボールが好きなだけだが。」

「あ。あはは。う、うん。そうだよね!」

そこまで私に話して置きながら、この美和サンは未だ”片想いの相手の名前”は明言しないつもりらしい。
私が訂正するまでNBAを納豆べたべた協会だと思ってたヤツが何か言ってるが、突っ込むと余計面倒な事になりそうなのでそこは流して置く。

「それでだな。」

「う、うん。」

「逆に、私の嫌いな物が何か、知っているね?」

「え?う、う~ん・・・」

私と美和との付き合いは長い。
解らない訳ではないが、それに対する答えの選択肢が多過ぎる。

「そう、変質者や変態だ。」

「・・・あ~。」

成る程。
今回はそう繋がる訳だ。

「もし、仮に。仮にだが、私の好きな人が、その、へ、変態、だったとしたら・・・」

私はどうすれば。
消え入りそうな声。
震える頼りない背中。
この、男口調な友人がこんなになってしまうなんて、恋って恐ろしい。

「・・・仮に、だけどさ。」

兎に角、私は友人にアドバイスをする。

「その、好きな人が変態と判断される理由が、女子のブラ透けが福眼ってのを否定しない、って程度ならさ。」

「・・・随分、具体的だが。」

「仮に、ね。」

「うん。仮に、だな。」

「そんなの、思春期男子なら、普通だと思うけどな。」

「そ、そうか?」

「普通普通。」

「そうか!普通か!変態じゃないか!」

ぱぁ、と輝く顔で振り向く美和。
面倒事から解放される流れに安堵した私は。

「大体、変態ってのは。」

余計な事を、言ってしまった。

「異性の服の匂いをくんくんしたり、そーゆーヤツの事を・・・」

ぴしっ。

空気が、固まる。

「・・・異性の服の匂いを・・・くんくん?」

「あ・・・」

美和は、バスケ部のマネージャーだ。
ユニフォームや練習着の洗濯は、彼女の仕事だったりするのだろう。
そんな時、ふと。
ある名前の書いてあるユニフォームを見付け。
周囲に人目が無かった、としたら。

「あ、あのね?」

「くんくんは・・・変態か・・・」

「いや、その。」

「それじゃあ、私は・・・」

「ち、違・・・」

「私は・・・変態だったのか・・・」

「み、美和!き、聞いて!」

「私は・・・」

私の言葉は全く耳に入っていないらしい。
余程ショックだったと見える。

「私は、私が嫌いになりそうだ・・・」

「・・・」

やっちまった、と言う気持ち半分。
めんどくせーなと言う気持ち半分。
頭を抱えてうずくまる彼女にどんな言葉を掛けるべきか。
と、そこへ。

「おーい。マネージャー!」

「と、とも・・・岩田君!?」

件の男子、岩田共実登場。

「ああ。いたいた。今度の練習試合の事で、キャプテンが話あるって・・・何やってんの?こんなとこで。」

「い、いえその!な、何でも・・・!」

「?」

岩田は問い掛けの眼差しを、今度は私に向けて来る。

「・・・美和がさぁ。」

些か、疲れて来た。
私の言葉は、ちょっと投げ槍。

「自分の事、嫌いになりそうなんだってさ。」

「え?そうなのか?」

「え、えーと・・・」

再び向けられた目に、美和が両手の指をもじもじと絡み合わせ、顔は真っ赤にして俯く。
暫しの沈黙。

「・・・何があったのか知らねーけどさ。」

先ず口を開いたのは、岩田だった。

「俺は、小田の事、好きだぞ。」

「・・・えっ。」

「は?」

「あ、いや、ほら!」

背けられる顔は、赤い。
口調が、早くなる。

「マネージャーとして良くやってくれてるな、って言うか!く、クラスメートとしてもいいヤツだなって思ってるって言うか!」

そして、くるりと回れ右。

「ぜ、全然っ!そーゆーんじゃねーからっ!」

で、駆け出す岩田。
いや、全然そーゆーんだろ、その反応。
なんだこの急展開。

「あ、明日香君・・・」

「・・・え?」

「今、共実君・・・」

美和の手は胸の前で握り合わせられ。
その瞳はきらきらと輝いて。
去って行った背中が見えなくなって尚、それを追っている。

「私の事・・・好きって・・・」

「あぁ。うん。」

「こんな・・・変態な私を・・・」

「はいはい。良かったね。」

もう、フォローをする気力も失せた。

「って事は!?」

「は?」

「共実君は変態が好き!?」

「何でそうなるのよ・・・」

こいつの頭かち割ったら、学会に発表出来るモノが色々出てきそうだ。

「でも・・・それなら・・・」

頭の中身が得体の知れない彼女は、しまいにこう呟いた。

「私・・・変態を好きになれそう・・・」

「それもどうだろう。」

私はなけなしの体力を振り絞って、突っ込んだ。





[完]




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