Nicotto Town



不死者の死

「そんな・・・」

二つの視線の向かう先には、先程までの激しい痙攣も既に止め、目と口を限界まで開き、空を掴もうとした鈎型の指のまま、仰向けに倒れた一人の男。

「死んでますね。」

二人の内の一人、二十代半ばと思しき青年が、瞳孔を確認し、告げた。

「馬鹿な!」

そして、もう一人。
初老の、白髪で頬のこけた男が、絶叫とも悲鳴ともつかない声を挙げる。

「理論は完璧だった筈だ!処置にもミスは無かった!そんな!そんな筈っ!」

「実証の前には、どんな理論も無価値ですよ、博士。」

青年が、遺体を目で指し示す。
心なしか、その口元には薄らと笑みが浮かんでいるようにも見える。

「畜生おぉぉぉ!」

初老の男は。
その青年の表情にも気付かぬまま、蹲って床を叩き続けた。




「片山大造の四十九日法要に、ようこそおいで下さいました。」

洋風建築の片山邸は、その影を夕闇に溶かしていた。
その、一階ロビー。
喪服姿の娘が長い黒髪を垂らし、深々と頭を下げる。

「・・・青木武雄さん。」

その、上げられた面は。
二重の目、厚手の唇、細い輪郭。
二十歳前後だろう。
未だ残る少女の可憐さと、女の妖艶さが混在したような、顔。

「と、言う割には。」

対面に立つ青年・・・青木武雄は、ふ、と苦笑を漏らしつつ、口を開いた。

「弔問客は僕一人のようですね。坊主すらいない。」

「父、大造もきっと喜んでいる事と思いますわ。」

「僕個人に、用があるんでしょう?片山凛さん。」

「・・・私の用件は、ご存知の筈よ。」

そこで娘・・・凛は、おためごかしのような型通りの口上を、漸く止めた。

「父の理論、施術は、間違っていなかったわ。」

「あの夜、博士もそう仰っていましたけどね。」

「それなのに・・・」

射殺さんばかりの眼差しの凛。
涼し気な笑みでそれを受ける武雄。

「被験者の死と言う、在り得ない事が起こってしまった!」

「在り得ないのは。」

やれやれ、と言った態で、武雄が溜息混じりに言葉を落とす。

「不死身人間改造なんて言う、荒唐無稽な話の方ですよ。」

先から立ち込めていた暗雲が、とうとう稲妻を奔らせ。
瞬時、闇に二人を影としてくっきりと映し出した。



「・・・あなたが殺したのね。」

「博士は自殺だったと聞いていますが。」

「実験の失敗を苦に、ね。遺書は無かったけど、そうとしか考えられない。」

「・・・」

「私が言ってるのは。」

降り出した雨が、窓を激しく叩く。

「あなたが被験者、飯島隆を殺した、って事よ。」

「僕が、ですか?」

「ええ。」

「ははははは!」

雨音と谺する武雄の哄笑は、奇妙な不協和音を奏でた。

「仮に、僕が被検者を殺したとしましょう。でも。」

笑いが収まらぬまま、武雄が言葉を継ぐ。

「”殺せる”のであれば、それは不死者じゃない。どっちにしろ、実験は失敗じゃないですか!」

「・・・不死者の不死身性を支えている物は、二つ。」

暫く彫像のように動かず、武雄を見守っていた凛が徐に口を開いた。

「ミトコンドリアの熱エネルギー供給による超高速新陳代謝、そして・・・」

武雄の口許から、笑みがす、と消えた。

「強力無比な捕食細胞、別名ナチュラルキラー細胞。」

「・・・」

「体外から侵入して来た異物は元より、自己の体内で生成された病変となり得る細胞まで捕食、破壊するそれを保持した体に。」

凛の淡々とした声。
さながら、何らかの魔術の呪文のような調べ。

「他の体内で生成された、同等に強力な捕食細胞が侵入したとしたら。」

「・・・体内で捕食細胞同士の食い合いが始まる。体表上は、過剰免疫反応のようなショック症状を来たしますね。」

再び、皮肉な笑みを取り戻した武雄が、凛の言葉を受け継いだ。

「でも、そうすると、捕食細胞を採取する為の、もう一人の不死者がいた事になる。それは一体誰だと言うんです?」

「それは。」

武雄は油断していた。
最初に頭を垂れた以外、指先の一つすら動かさずにいた凛が。

「う!?」

そこまで素早い動きを見せるなど、想像の外だった。

「あなたよ。」

武雄が自分の胸を見下ろすと。
深々と針が穿たれた、注射器。
シリンダーは押し切られている。

「私の血中の捕食細胞の味は、どう?」

「な・・・!」

どくん。
武雄の身体が、内側から爆ぜたかの如く、跳ねる。
皮膚に血管が浮き上がる。

「があぁっ!」

ショック症状である。

「ま、まさか、君も・・・被験者・・・」

「いいえ。」

凛は、にんまりと笑う。

「私に関しては、”実験”じゃない。」

「何・・・」

「私と自分が終わらない命を謳歌する、それが父の・・・いえ、大造さんの目的だったわ。そして・・・」

凛の眼差しが、夢見るように宙に浮いた。

「私達は、永遠の恋を語り合うの。」

「何・・・だとぉ・・・!?」

身体の異変の症状とは別の理由で、武雄の目が見開かれる。

「お前達・・・親子で・・・!」

「永遠の命を持つ者、即ち人間を超えた存在よ。」

凛はふん、と鼻で笑った。

「人間の中の倫理なんて、無意味だわ。」

「馬鹿・・・野郎・・・」

「さ、死ぬ前に答えて頂戴。」

凛は目を鋭い物に変え、武雄に詰め寄る。

「何で、大造さんの研究の邪魔をしたの!」

「ぬうぅっ!」

凛が身を近付けた、それを機と見たのか。

「ぎゃっ!?」

武雄は脚を蹴り上げ、凛の下腹部に爪先を深々とめり込ませた。

「・・・」

しかし、それは”最後の力”を振り絞った行動だったのだろう。
それすらも尽きて、武雄はぐったりと床に大の字になった。
既に、虫の息だ。

「・・・一矢、報いたつもり?」

不死身人間とは言え、痛みやダメージは如何ともし難い。
凛の声は、絞り出すようなそれだった。

「いちゃ、いけないんだ・・・」

武雄が、譫言のように呟く。

「え?」

「いちゃ、いけないんだよ・・・死の無い、人間なんて・・・」

「なにそれ。それが、研究の妨害の理由?」

「いのちは・・・限りがあるからこそ・・・」

「随分、ロマンチストなのね。」

凛は呆れ顔で、気の無い言葉を放った。

「・・・ところで、さ。」

「何よ。」

「博士は、言ってたぜ。」

「・・・何を。」

「不死者の研究は、死を乗り越える為の過程に過ぎない、ってさ。」

「・・・え?」

「君は。」

武雄の顔が、ぐにゃり、と歪む。
笑っているのだろう。

「死んだ母親に、そっくりなんだってな。」

「!」

暫しの、沈黙。
武雄の呻き声のみが、場を支配した。

「大造さんの研究は・・・お母様を蘇らせる為の・・・私はお母様の代わりだったて言うの?」

「それから。」

武雄は、凛の言葉を無視して続ける。

「博士の自殺の動機は・・・本当に研究の失敗なのか?」

「え?」

「失敗なら、やり直せばいいだけの話だ。それに、博士が自殺したのは、被検者が死んでから一週間も経ってからじゃないか。」

「何が言いたいの!?」

「君は・・・博士に”何かを告げたんじゃないか”?」

「・・・!」

「僕も、医学者だ。君を見た瞬間から、そうじゃないかと思っていた。」

「ち、違う!だ、大造さんだって、きっと喜んで・・・!」

「最後に、一つ・・・」

武雄のその言葉は、細やかな声だった。

「不死者の体質は、絶対優性遺伝・・・子供には、必ず受け継がれる・・・」

「!?」

どくん。
凛の身体が、内側から爆ぜた。

「まさか・・・さっきの!?」

武雄の言葉が真実なら。
凛の腹の中には”もう一人、不死者がいる”。
それが、先程の武雄の蹴りで、傷付き、流血したのだとしたら。

「まさか・・・そんな・・・お父様・・・大造さん・・・」

掠れて行く視界の中。
何処にも届かない自分の手を、凛は見ていた。






[完]






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