一花 中編
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/20 18:48:27
「で、せつさん。」
徐に、貫介が口を開く。
「・・・はい。」
せつは、目尻を隠しつつ応える。
「これから、どうするね。」
「どう、と言われましても・・・」
先程せつは、家財、店まで売ってしまったと語った。
帰る家も無かろうし、その上、両親まで身罷ったとあっては。
親類縁者も丑寅一家の手が回ろうし、逃げるにしても路銀もあるまい。
「ここは一つ、暫くここに隠れていてはどうかね。」
それ以外、無い様に貫介には思えた。
「い、いいえ!これ以上のご迷惑は・・・!」
「とは言え、他にどうしようも無かろう。」
「で、ですが・・・」
「あなたが丑寅一家に捕まって、結局身売りでもする羽目になったのなら、ここまで関わった私も後生が悪いし、何より、先程助けた甲斐も無い。」
「・・・」
「ま、後の事はおいおい考えるとしても、今夜はこちらで休めば良い。何、とうに枯れた爺いの一人住まいだ。怪しからぬ真似は、致さぬよ。」
「まぁ・・・」
せつは、目を丸くして後、頬を染めてふふ、と笑った。
「そうだぜ、それがいい!」
暫し、この男らしく無く口を閉じていた仁太が追従・・・と言うか、尻馬に乗った。
「さっきの旦那の腕前、あんたも見たろ!あれなら、丑寅一家も手を出せやしねぇさ!」
「・・・それでは・・・」
少しの間、ほんの少しの間だけ、お言葉に甘えます、と、せつは囁き、深々と頭を垂れた。
「・・・」
それから半刻も経たぬ内、せつは座ったまま、すぅすぅと寝息を立て始めた。
やはり、身も心も余程疲れていたのだろう。
煎餅布団を敷き、その身を寝かせて四半刻、貫介はじっとその寝顔を眺めていた。
そして。
「仁太。」
「・・・へい。」
「せつさんを、頼んだぞ。」
「やっぱり、行く気なんですね。」
どうやら仁太は、貫介の目の輝きを見逃していなかったらしい。
「・・・丑寅一家は、百人からの所帯だって言いますぜ。」
「そうか。」
「生きては帰れねぇかも知れやせんぜ?」
「だろうな。」
「・・・何で旦那は・・・出会ったばかりの娘の為に、そこまで・・・」
「ふふ。」
貫介は苦笑で応えた。
それ以上の答えは、持たなかった。
「では、行くか。」
「大西様!」
「ん?」
「・・・」
声を掛けて見た物の、言葉が見付からないのだろう。
仁太は下唇を噛み、正座の膝の上の拳を震える程に握っている。
「・・・御武運を。」
漸く絞り出した、その一言。
「うむ。」
貫介は一つ頷くと、そのまま板戸を押し広げ、長屋を出る。
その背中に仁太は、畏敬か、惜別か。
ば、と頭を下げて、送った。
「手前ぇ等!女一匹に何愚図愚図してやがる!」
さる目抜き通り、商家風の家の広間。
潰れた鏡餅の様なでっぷりとした身体に、低い豚鼻。
皺の隙間のような眼窩から白目勝ちの眼をぎょろりと剥き出し、もたれ掛っている長火鉢に煙管をかん!と叩き付け、居並ぶ人相の悪い者共の奥で濁声を挙げる男。
彼こそ誰あろう、丑寅一家の頭、丑太郎である。
「そ、それが頭ぁ!」
「あ、あと一歩の所で邪魔が入りやして!」
対面で抗弁を繰るのは、昼間、貫介に撃退された件のならず者二人。
「邪魔だとぉ?」
「へ、へぇ!それが、おっそろしく強え爺ぃで!」
「ほ、ほんと、鬼か仁王かってくれぇの!」
「いや、ありゃあ天狗の化身に違ぇ無ぇぜ!」
「煩ぇ!言い訳するねぇ!」
ただの爺ぃにこてんぱんにされました、では、荒事を生業としている手前、立つ瀬が無い。
自然、話が大袈裟になっている。
当に言い訳なのであるから、そう言われては黙るしか無い。
二人はしゅん、と小さくなった。
と、そこへ。
「ぎゃっ!」
「ぐえぇっ!」
玄関先からの、悲鳴。
「な、何でぇ!?」
思わず丑太郎が重い腰を上げた所に。
「か、頭・・・ぁ・・・!」
ふらふらと部屋に入って来た男が、その場にばたり、と倒れた。
背中には、深い切創。
「邪魔をするよ。」
続いて現れたのは、剥き身を手にした貫介であった。
刀身には、血曇り。
「な、何もんでぇ!?」
「あ、か、頭!」
「こ、こいつです!この爺ぃが、昼間の・・・!」
「何ぃ!?」
居並ぶ連中は、緊張の面持ちで短刀や匕首の柄に手を掛け、貫介に向き合う。
一方、貫介は。
「これで、全員か。案外少ないな。」
叩き付けられる殺気も何処吹く風、と言った風情で素直な感想を告げる。
百人からの所帯、と仁太は語っていたが、そこにいるのは精々三十人程である。
「・・・嘗めんじゃねぇぞ、こらぁ。」
丑太郎が凄む。
どうやらこいつ一人だ、と察し、途端に強気に出たのだ。
「その少ねぇ人数を相手に、どうするつもりでぇ。」
「どうもこうも。」
貫介は、にんまりと笑う。
「斬るだけだ。」
「・・・!」
その笑みに不気味な物を感じた丑太郎は
「て、手前ぇ等!この老いぼれを畳んじめぇ!」
それを払拭する為に、声を大にした。
が。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ど、どうした!早く殺っちまえ!」
男達は、お前行け、いやお前こそ、と視線を交し合うのみで、動かない。
否、動けない。
鬼、仁王、天狗の化身。
先程の二人の、苦し紛れの言い訳が、功を奏していた。
しかも、この丑寅一家に単身殴り込んで置いて、この余裕の表情。
畏れるな、と言う方が無理と言う物。
一方、貫介は。
『あぁ。』
その、殺伐とした空気の中。
『良い死に場所だ。』
一人、悦に入って、笑みを更に広げた。
続く