一花 後編
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/29 19:12:07
「や、野郎!」
「どりゃあ!」
「死ねえぇ!」
突然、男共の内の三人が、貫介に襲い掛かった。
とは言え。
彼等は、捨て鉢になったのでも、ましてや肚を決めたのでも無い。
ただ、緊張に耐え切れなくなった、ある意味での逃避であった。
「・・・ふん。」
それでは、数の利の意味を為さない。
光る貫介の目。
疾る刃の白い筋。
「げっ!」
「ぐぇぇ・・・」
「うぅ・・・」
一閃でその三人が倒れ伏す。
が。
「爺ぃっ!」
「野郎!」
「ぶっ殺してやる!」
それが、膠着状態であった場の口火を切ってしまった。
次々と貫介の元に殺到する、ならず者共。
「ふふ。」
にも、関わらず。
貫介は、笑っていた。
『これだ・・・これなのだ!』
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
右の男に刃を叩き付け。
そのまま滑るように、左の男を薙ぐ。
『これが儂の、求めていた世界なのだ!』
「げぇっ!」
「ひぃっ!」
正面の男の鳩尾を突き。
それを抜き様、背後に回った男に斬り付ける。
『義の為に、惚れた女の為に!』
「ち、畜生っ!」
「う・・・!」
それでも、多勢に無勢は如何ともし難い。
肩に刃を受け、貫介の鮮血が宙を舞う。
『死地に赴き、白刃を振るう!』
しかし、貫介は止まらない。
袈裟。刷り上げ。横薙ぎ。
次々と倒れ行く、男共。
『これが、儂の望んだ生き方、そして死に方だったのだ!』
腰に剣を帯びる身として生まれ、剣術を一心に学んだ貫介。
彼はこの死地に於いて、命を得た心持になっていた。
『さぁ、死のうぞ!』
貫介は、すっかり酔っている。
「ひ、ひいぃっ!」
そんな時は、傷の痛みも気にならず、普段では思いも及ばぬ力が湧いて来る物である。
「ば、化け物だあぁ!」
いくら突いても斬っても襲い来る貫介に、男共はすっかり算を乱していた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
そして、気付けば。
「あ、あれ・・・」
周囲には、累々とした死体の山。
動く物は、無い。
貫介は、その場にがくりと膝を落とした。
「い、生き延びてしまった・・・か・・・?」
が。
その倒れ伏している者達に紛れ、妖しく輝く双眸。
「どりゃあぁっ!」
「!」
どすっ。
完全に、虚を突かれてしまった。
見ると。
背後から短刀を突き立てているのは、丑太郎。
「・・・ふんっ。」
「ぎっ!」
貫介は最後の力を振り絞り、振り向き様、丑太郎の首を刎ねた。
「・・・」
そう。当に”最後の力”であった。
支えを失った身は、その場にばたりと横たえられた。
『あぁ・・・』
生温い己の血が、周囲にどくどくと広がるのが解る。
もういかぬな、と貫介は笑う。
と、そこへ。
「お、大西様!」
「せつ・・・さん・・・?」
最初は、今わの際の幻かと思った。
が。
「ああ!大西様!何故!何故このような!」
身を抱き起されるに至り、確かにせつがここに駆け付けたのだ、と言う事を覚った。
「・・・仁太の奴・・・あのお喋りめ。」
恐らく、目を覚ましたせつは、その場にいない貫介の行方を、仁太に質したのだろう。
「まさか・・・私の為・・・ですか・・・?」
「・・・」
「何故!ひ、昼間出会ったばかりの私に、何故そこまで!」
言わぬが、花よ。
貫介は口の動きだけで、それを告げた。
先程、年甲斐も無く惚れた女、と思ってしまっただけに、気恥ずかしくもあったが。
『ああ、何と・・・良い死に様なのだ・・・』
その女に、抱かれて。
「大西様!大西様!」
せつの声が、だんだんと遠くなる。
目は霞むを過ぎて、既に何も見えてはいない。
『儂・・・』
「大西様ぁっ!」
『かっこいい~・・・』
貫介の総身から、力が完全に抜けた。
「さかなぁ~しぃじみぃ~。」
「あ、仁太さん。」
「よう、せつさん!」
あれから、半年の月日が流れた。
「今日は、何か良い物入ってます?」
「てやんでぇ。俺っちが商うモンに悪ぃモンは無ぇよ。」
「ふふ。そうだったわね。」
せつはあれから、長屋に住み着いてしまっていた。
「しっかし、あの時は大騒ぎだったよなぁ・・・」
「あの時?」
「ほら、半年前の・・・」
「あぁ・・・」
「まさか、大西の旦那、たった一人で乗り込んで行くたぁ・・・」
「ええ・・・」
「全く、惜しい人を亡くし・・・」
「おい。」
そこで、せつの背後から。
「人を勝手に殺すな。」
貫介がぬ、と身を現した。
「へへへ。冗談冗談。」
おどける仁太。
ころころと笑うせつ。
貫介は苦笑するしか無かった。
あの後、医者に運び込まれた貫介は、何の因果か助かってしまった。
その後、丑寅一家の討ち入りについて、一応の詮議は受けたのだが。
”大藩の御用達”は、丑太郎の大言であったらしい。
どうやら、どこぞの藩の家人が少々金を借りていたと、ただそれだけの事であったようだ。
その藩も関わり合いを避け、だんまりを決め込み、更に周囲の町人に多大な迷惑を掛けていた丑寅一家を殲滅した貫介を擁護する声は大きく。
評定所も貫介を罪に問えなくなってしまった。
結局、貫介は「世に害を成す悪党を斬り捨てただけ」と言う事で無罪放免。
そうこうしていると、たった一人で丑寅一家を退治た貫介の名声はうなぎ登り。
界隈の商家、町人が所一帯の用心棒として(事実、以来長屋の周囲では、盗人や八九三者が姿を消した。)礼金を持ち寄る物だから、貫介の台所は望外に潤った。
そして・・・
「あ。そうそう、呉服屋まで布を買いに行かなきゃ。」
「布?どうしたんだい、せつさん。」
「ふふ。ちょっとね。」
「ああ、せつや。そんなに急ぐ事は無かろう。足元に気を付けよ。」
「・・・そうですわね。」
愛し気に、下腹を撫でる、せつ。
「え?え?え?えええ!?」
仁太が貫介とせつに目をせわしなく往復させる。
「さ、呉服屋、呉服屋っと。」
せつは、誤魔化しのように真っ赤な顔を背け、身を翻す。
「だ、旦那・・・」
「ま、まぁ、年甲斐の無いのは解っているのだが、な・・・」
「とんでもねぇ!」
仁太は、売り物から一際大きな真鯛を貫介に向かって掲げた。
「あっしからの祝いでさぁ!とっといて下せぇ!」
「お、おいおい。そんな立派な・・・」
「いいっていいって!」
喜色満面の仁太に押し切られ、貫介はその真鯛を抱える羽目になった。
目の前を、燕が横切る。
それを追い、目を巡らせると、蒼天に行き着いた。
『一花、どころでは・・・なくなってしもうた、な。』
陽の光に目を射られ、瞼を細めつつ、貫介は思った。
[完]