Nicotto Town



悪夢の果 2

「ふんふ~ん。うふふ。」

 

「・・・ご機嫌だね。母さん。」

 

「ん~?ふふふ。」

 

母はあれ以来。

三か月、僕に顔を見せなかった。

そして退院寸前の今になって、突然見舞いに訪れ、鼻歌を歌いながら花瓶に花などを活けている。

 

『あれ・・・夢だったんじゃないかな。』

 

そう。

事故に遭い、父を失ったと言う異常な状態が見せた、悪夢だったのではないか。

僕はそう思った。

いや。

思おうとした。

が。

 

「成功したのよ。」

 

「成功?」

 

「無事、着床したって。明さんが言ってくれたわ。」

 

「・・・!」

 

「早ければ、半年後には・・・」

 

自分の下腹を愛し気に撫でる、母。

 

「正さんが、戻って来るわ。」

 

悪夢は、僕を捕らえたまま。

その指を離そうとしなかった。

 

 

 

「叔父さん。」

 

「・・・伸君か。」

 

僕は退院早々。

何処へ行くのかと気のない声で問う母を置き去りに、先ずここへ来た。

叔父の自宅マンション。

一人住まいの叔父は、居間のソファに腰掛けたまま、突然の闖入者に視線を向けた。

 

「・・・母の事ですが・・・」

 

「経過は順調だよ。安定期まで油断は出来ないが。」

 

「・・・!」

 

気の狂った、母の妄想。

その可能性・・・僕の望みは、その一言であっさりと断たれた。

 

「叔父さん!あんたは、何て事を!」

 

「・・・他に、どうしようも無かった。」

 

「どうしようも・・・?」

 

「あの時の、君のお母さん・・・葵さんは、もう半狂乱でね。」

 

「今だって狂ってる!」

 

「落ち着かせるには、一縷の希望を持たせる他、無かった。」

 

「だからって・・・っ!」

 

「見ていられなかったんだ。」

 

叔父の語尾は、溜息に掠れた。

そして。

数秒間の沈黙の後。

 

「・・・葵さんは・・・元々、私の大学の同期でね。」

 

「え?」

 

「彼女は私の気持ちに気付いていたんだろうか。」

 

遠い目を宙に浮かし、過去を語り始めた。

 

「彼女目当てで私が開催した卒業コンパに、勝手に参加した兄に一目惚れしてね。」

 

「兄って・・・」

 

「君の父さんだよ。」

 

ふ、と。

苦い笑いが、床に落ちた。

 

「その時に告白しようとした私の目論見は、ご破算だよ。そして・・・」

 

「・・・叔父さん・・・」

 

「君が出来るまで、さして時間は掛からなかった。」

 

知られざる過去に、暫く唖然としていた僕は。

 

「い、今はそんな話を・・・!」

 

ふと、我を取り戻し、叔父を問い詰めようと。

 

「だからね。」

 

勢い込んだ身を、静かな声に制されてしまった。

 

「初恋の人のそんな姿を・・・見ていられなかったんだ。」

 

「・・・」

 

その気持ちは。

解る、等と言う言葉は、おこがましい。

叔父が今まで独身で通している理由に疑問を持った事はあったが。

きっと、その想い故の事だったのだろう。

僕は、多分、未だそこまで人を深く愛した事なんてない。

だから・・・

どこまで行っても、想像の域を出ない感情だ。

それに。

僕だって、母の苦しみ、悲しみを癒す為であれば、出来る限りの事はしてあげたい、とは思う。

が。

 

「だけど・・・っ!」

 

あれは。

 

「だからって!」

 

”出来る限り”の範疇を、超えてしまっている。

 

「母さんに僕の子供を妊娠させるなん・・・!」

 

「それは違う。」

 

静かだが、鋭い否定。

僕の言葉を途中で分断する程に。

 

「葵さんに宿ったのは、君の子供なんかじゃない。」

 

「で、でも、僕の・・・」

 

「君の体液から、兄さん・・・君のお父さんの、必要な部分を拝借しただけだ。君の体液をそのまま使用した訳では無い。似てはいたとしても、全くの別物だ。」

 

「そんな事言ったって・・・」

 

「輸血や、移植のような物だ。君は、自分の血液が輸血された相手を、自分の分身だとでも思うのかい?」

 

「・・・」

 

丸め込まれた、とも言えるのかも知れない。

だが。

自分が母親を孕ませた、等と考えるより、気が楽になれる理屈だと。

僕は無理矢理、その説明を自分に納得させたかったのだろうか。

ある意味で、逃避だったのかも知れない。

 

「もう一度言う。」

 

沈黙に沈んだ僕に。

叔父は念を押すように、繰り返した。

 

「葵さんが妊娠したのは、君の子じゃない。」


つづく




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