悪夢の果 2
- カテゴリ:自作小説
- 2017/12/11 15:32:22
「ふんふ~ん。うふふ。」
「・・・ご機嫌だね。母さん。」
「ん~?ふふふ。」
母はあれ以来。
三か月、僕に顔を見せなかった。
そして退院寸前の今になって、突然見舞いに訪れ、鼻歌を歌いながら花瓶に花などを活けている。
『あれ・・・夢だったんじゃないかな。』
そう。
事故に遭い、父を失ったと言う異常な状態が見せた、悪夢だったのではないか。
僕はそう思った。
いや。
思おうとした。
が。
「成功したのよ。」
「成功?」
「無事、着床したって。明さんが言ってくれたわ。」
「・・・!」
「早ければ、半年後には・・・」
自分の下腹を愛し気に撫でる、母。
「正さんが、戻って来るわ。」
悪夢は、僕を捕らえたまま。
その指を離そうとしなかった。
「叔父さん。」
「・・・伸君か。」
僕は退院早々。
何処へ行くのかと気のない声で問う母を置き去りに、先ずここへ来た。
叔父の自宅マンション。
一人住まいの叔父は、居間のソファに腰掛けたまま、突然の闖入者に視線を向けた。
「・・・母の事ですが・・・」
「経過は順調だよ。安定期まで油断は出来ないが。」
「・・・!」
気の狂った、母の妄想。
その可能性・・・僕の望みは、その一言であっさりと断たれた。
「叔父さん!あんたは、何て事を!」
「・・・他に、どうしようも無かった。」
「どうしようも・・・?」
「あの時の、君のお母さん・・・葵さんは、もう半狂乱でね。」
「今だって狂ってる!」
「落ち着かせるには、一縷の希望を持たせる他、無かった。」
「だからって・・・っ!」
「見ていられなかったんだ。」
叔父の語尾は、溜息に掠れた。
そして。
数秒間の沈黙の後。
「・・・葵さんは・・・元々、私の大学の同期でね。」
「え?」
「彼女は私の気持ちに気付いていたんだろうか。」
遠い目を宙に浮かし、過去を語り始めた。
「彼女目当てで私が開催した卒業コンパに、勝手に参加した兄に一目惚れしてね。」
「兄って・・・」
「君の父さんだよ。」
ふ、と。
苦い笑いが、床に落ちた。
「その時に告白しようとした私の目論見は、ご破算だよ。そして・・・」
「・・・叔父さん・・・」
「君が出来るまで、さして時間は掛からなかった。」
知られざる過去に、暫く唖然としていた僕は。
「い、今はそんな話を・・・!」
ふと、我を取り戻し、叔父を問い詰めようと。
「だからね。」
勢い込んだ身を、静かな声に制されてしまった。
「初恋の人のそんな姿を・・・見ていられなかったんだ。」
「・・・」
その気持ちは。
解る、等と言う言葉は、おこがましい。
叔父が今まで独身で通している理由に疑問を持った事はあったが。
きっと、その想い故の事だったのだろう。
僕は、多分、未だそこまで人を深く愛した事なんてない。
だから・・・
どこまで行っても、想像の域を出ない感情だ。
それに。
僕だって、母の苦しみ、悲しみを癒す為であれば、出来る限りの事はしてあげたい、とは思う。
が。
「だけど・・・っ!」
あれは。
「だからって!」
”出来る限り”の範疇を、超えてしまっている。
「母さんに僕の子供を妊娠させるなん・・・!」
「それは違う。」
静かだが、鋭い否定。
僕の言葉を途中で分断する程に。
「葵さんに宿ったのは、君の子供なんかじゃない。」
「で、でも、僕の・・・」
「君の体液から、兄さん・・・君のお父さんの、必要な部分を拝借しただけだ。君の体液をそのまま使用した訳では無い。似てはいたとしても、全くの別物だ。」
「そんな事言ったって・・・」
「輸血や、移植のような物だ。君は、自分の血液が輸血された相手を、自分の分身だとでも思うのかい?」
「・・・」
丸め込まれた、とも言えるのかも知れない。
だが。
自分が母親を孕ませた、等と考えるより、気が楽になれる理屈だと。
僕は無理矢理、その説明を自分に納得させたかったのだろうか。
ある意味で、逃避だったのかも知れない。
「もう一度言う。」
沈黙に沈んだ僕に。
叔父は念を押すように、繰り返した。
「葵さんが妊娠したのは、君の子じゃない。」
つづく