サラスの巫女 前編
- カテゴリ:自作小説
- 2018/01/29 15:02:56
「タイチ。デートしよう。」
「・・・は?」
「デート。しよう。」
「デ、デート?って・・・?」
「親しい男女が一緒にお出かけする事。」
「いや意味を訊いてるんじゃなくてさ!」
「私とじゃ、嫌?」
艶やかな黒髪。
長い睫毛。
切れ長の目。
花弁のような唇。
エミナは俺が”この世界”に迷い込み、初めて出会った四年前から美少女ではあったが。
近頃は、ほんのり”女”の空気を纏っていて。
「い、嫌な訳っ!」
彼女の”お誘い”に良い顔をしない、等と言う男は、そうそういないだろう。
「じゃ、しよう。」
拗ねたような顔を一変、ぱ、と上げ。
満面の笑みで、俺の腕をぐいぐいと引っ張るエミナ。
「お、おいおい!」
とうとう俺は、エミナに”デート”へと連れ出されてしまった。
「エミナには敵わないなぁ。全く。」
「へへー。」
くるりと振り向いて輝くような笑みを見せるエミナに・・・
やはり、悪い気はしないのも事実だけれど。
「あ!エミナ様よ!」
「おお!エミナ様!」
村に出ると、エミナの姿を認めた村人達がぞろぞろと集って来た。
中には、有難や、とばかりに手を合わせて来る老人もいる。
エミナは閉鎖されたこの村では特別な存在。
村の守護神”河の女神・サラス”の巫女、なのだそうだ。
年に一度の祭りは、彼女が祭壇でサラスに祈りを捧げる儀式から始まる。
何せ、神の御使いだ。
村長や、古老達でも彼女の言葉には無闇に逆らえない。
余所者を嫌うこの村に俺が居場所を確保出来ているのも、森で俺を最初に発見したエミナが”自分が預かる”と宣言してくれたお陰だ。
村の掟を司る古老達が随分と渋い顔をしていた事を覚えている。
「あ、あの、タイチ様。」
村人の群れの中、一人の中年配の女性が。
「有難う御座います!」
突然、俺に頭を下げた。
「タイチ様のお陰で、今年は何事も無く・・・!」
この村の中心を流れる、その名も”サラス川”。
それが雨季になると、毎年氾濫を起こしていた。
村の守護神の名を冠した川が村人に被害を及ぼすのもどうかとは思うが。
漁の場、水源として生活に不可欠な物なのだから、仕方が無い。
「あ、ああ、いえ、その、大した事をした訳では・・・」
俺は、”元の世界”にいた頃、専門学校で土木建築の技術を学んでいた。
”この世界”に迷い込んだ最初の年、水害に見兼ねた俺は。
図面を引き、治水工事の計画を立てたのだ。
それを、エミナの鶴の一声、村人の協力を仰ぎ、断行させ。
とうとう今年の初め、三年越しの工事が完了した、と言う訳だ。
やはり、神聖な川に手を入れる事に、古老達は噛み付くような視線を送っては来ていたが。
「ひ、人として当然の事を・・・」
「そう、当然です!」
気恥ずかしさに消え入りそうになる俺の言葉を奪うような形で、エミナが宣告した。
「タイチは、サラス様の大いなる慈悲と御力によって導かれた者!サラス様の使者なのですから!」
おおー!
どよめき。
歓声。
留めに、村人全員が、俺に頭を垂れ、祈りを捧げ始める。
「・・・さ。行こ。」
「あ、う、うん・・・」
それを置き去りに。
エミナはまたも、俺の腕を引き、歩き出した。
「エミナ様ー!明日の儀式、頑張って下さいねー!」
その背中に、村人の声が投げ掛けられる。
「?」
その瞬間。
ほんの一瞬。
エミナの顔が歪んだのは、俺の気のせいだろうか。
「エミナ!何だってあんな出鱈目を!」
村人の姿が完全に視界から消えた事を確認して。
俺は先ず、抗議の声を挙げた。
「あら。私は本当にそう思っているわよ。」
対して、エミナはすまし顔だ。
「・・・」
まぁ、確かに。
通い慣れた帰途で、いきなり”異世界”に迷い込んだと言う事象そのものが常識外れだ。
普通なら起きる筈の無い事が起こってしまった状況下、人知を超えた存在の意志を想像するのはさして突飛な発想ではないのかも知れない。
とは言っても。
神様だって、よりにも寄って俺なんかを選ぶのはどうかしてると思う。
治水工事の為だと言うのなら、一介の専門学校生の俺なんかより、余程有用な人材が山程いる。
”俺”である理由は、やはり納得出来ない。
そう訴えると、エミナは。
「そー言う所が、タイチのいい所なんだけどね。」
と、意味が深いんだか浅いんだか良く解らない事を言って、笑った。
「タイチー!こっちこっちー!」
”デート”とは言う物の。
作物を仕入れに来る商人以外、人の出入りの無い村に、行く所などそうそうある訳もない。
「ここか・・・」
目的地は、村の外れ。
サラスを奉る、神殿だった。
「広いな。」
祭りの時にも訪れてはいる物の。
その時は村人達でごった返していた。
神殿内部をじっくりと観察するのは始めてだ。
だだっ広い空間。
奥に、舞台のような祭壇。
そして最深部に、人間大の、女神像。
どこかエキゾチックな顔立ちの女神・サラス像は、今纏っているローブ状の服の代わりに和服を着せれば日本人形に似ているかもしれない。
「エミナ。」
一段高い所に奉られているそれを仰ぐように、エミナはそこにいた。
「・・・エミナ?」
しかし。
一体、何なのだろう。
いつもと・・・
いや。
さっきまでとは、どうも様子が違う。
覗き込んだその横顔には。
透明、と表現するのが一番相応しいのではないか。
小さく笑みを浮かべ、何の屈託もない眼差し。
そんな表情を、表していた。
「・・・」
ふと、脳裡に。
先程の、エミナの顔が浮かんだ。
儀式、頑張って下さい。
その言葉に一瞬浮かべた、険しい表情。
『・・・儀式?』
年に一度の村祭りは、ひと月ほど前に終わっている。
俺がこの村に来てから四年間、他に何かの行事があった記憶は無い。
「エ・・・」
「明日はね。」
俺が問う前に。
エミナは、その答えを語り始めた。
「五年に一度の、特別な儀式なの。」
「五年に・・・一度?」
「そう。」
確かに俺がここに訪れたのは四年前。
五年前の事は、知りようが無い。
が・・・
「サラス様に、巫女が身を捧げる、大切な儀式。」
「・・・えっ?」
身を捧げる?
それは・・・
「つまり、生贄、ってやつ。」
「い・・・生・・・贄?」
「うん。」
エミナはそこで、漸く俺に見返り。
「私は。」
その言葉に、相応しくない。
「明日、ここで死ぬの。」
満面の笑みと、軽い口調で、それを告げた。
つづく