サラスの巫女 中編
- カテゴリ:自作小説
- 2018/01/29 15:04:46
「うそ・・・だろ・・・?」
数十秒間、固まっていた俺は。
何とか、声を絞り出し。
「本当。」
「ば、馬鹿な!そんな筈!だ、だって君は、特別な存在じゃないか!村の人達だってあんなに君を大事にしてて・・・!」
堰を切ったように、溢れ出た言葉も。
「そう。大事な・・・神様への捧げ物。」
その一言に。
再び、止められた。
「だから、ある程度の特権が与えられて、我儘も利いたの。」
「・・・」
「いやー。この五年間、いい思いさせてもらったわー。みんな何でも言う事聞いてくれるし、年に一度の儀式以外、働かなくても食べて行けたし。」
「エ・・・エミナ・・・」
「でも、それも、今日でおしまい。」
エミナは。
少し俯いて。
過剰に明るかったその顔を。
憂いに,溶かした。
「明日、私は・・・」
「エミナ・・・!」
「仕方の無い事なの。」
「そんな!」
「・・・先代の巫女も。先々代の巫女も。ずーっと、そうして来たんだから。」
「そん・・・な・・・」
「それが。」
村の掟だから。
神殿の中は、静まり返り。
俺は唇の動きだけで、その言葉を聞いた。
沈黙が続いた。
明り取りの窓から差し込む陽の光は。
いつの間にか、中天を過ぎていた。
「・・・一つだけね。」
ぽつりと。
エミナは、言葉を漏らす。
「五年間、好き放題生きて来てね。それでも一つだけ。」
女神像に向かって、一歩、踏み出す。
「してみたい事が、あるの。」
「・・・それは・・・」
思考が停止した俺は。
虚ろな声で、それを問う。
「結婚、してみたい。」
「え・・・」
「お嫁さんに、なってみたいの。」
「・・・」
「その相手が、ね。」
俺に向けられた、笑み。
とても悲しい、笑顔。
「タイチみたいな人だったら・・・嬉しいんだけどな。」
「エミナ・・・」
「たった一日だけの奥さんになっちゃうんだけど・・・」
「俺は・・・」
「それでも・・・いい?」
「エミナっ!」
俺は。
エミナの身体を、抱き締めていた。
「タイチ・・・」
エミナの腕が、そっと。
俺の背に、回された。
「俺みたいなヤツで良ければ・・・!」
「そこが、タイチのいい所だけどね。」
エミナが、くす、と笑った。
「俺みたいなヤツ、じゃなくて。」
「エミナ・・・」
「・・・あなただから・・・」
「・・・っ!」
エミナが、瞼を閉じ。
唇を、差し出した。
俺は、それに答えた。
触れた瞬間、エミナの吐息が漏れた。
長い長い、儚い時間。
俺とエミナは、ひとつだった。
「女神、サラスの名に於いて。」
女神像の前。
エミナは朗々と、その宣言を神殿内に響かせた。
「我、エミナ=ヒューデントは、タイチ=オダに、終生の愛を誓う。」
そして。
俺に、その笑顔で、促す。
「・・・女神、サラスの名に於いて。」
明日には。
エミナの命を奪う、クソッタレな女神。
「お・・・我、小田太一は、エミナに・・・終生の愛を・・・」
拳に、力が入った。
「・・・誓う。」
声は、掠れたけれど。
俺ははっきりと、そう宣言した。
「次は、誓いの指輪の交換。」
「・・・ああ。」
本来は、この村で生まれた人間が、誕生と同時に親から授けられる”命の指輪”。
それを持っていない俺の為に、エミナは事前に二つの指輪を用意していてくれていた。
互いの指に、それを互いの手で嵌めて・・・
結婚の儀式は、終了した。
「タイチの世界では・・・結婚の儀式はどうやるの?」
「これと、とても良く似ているよ。」
「へぇ・・・」
どの世界でも、考える事は一緒なんだ、と。
エミナは小さく笑った。
「それと・・・」
「ん?何?」
「俺達の世界ではこの後、誓いのキスをする。」
「え~っ!さっきしたばっかりなのにぃ!?」
「そ、そう言うもんなんだから仕方ないだろ!」
「タイチがしたいからって、嘘言ってんじゃないのぉ?」
「ほ、本当だよ!本当だって!」
嘘、嘘、とケラケラ笑う、エミナ。
「本当・・・だけど・・・」
その顔を見た、俺の本当の、気持ち。
「・・・俺が、したいってのも・・・事実だよ。」
エミナの笑いが、止まった。
「・・・いいよ。」
「えっ。」
「して、いいよ・・・ううん!」
こちらを向いたエミナの瞳が、潤んでいた。
「して・・・ください・・・」
「エミナ・・・!」
陽は、とうに暮れ。
神殿内を、夕闇が支配する。
エミナの望み。
俺の、望み。
微かな互いを呼び合う声の後。
それが、叶えられていた。
つづく