Nicotto Town



サラスの巫女 中編

「うそ・・・だろ・・・?」

 

数十秒間、固まっていた俺は。

何とか、声を絞り出し。

 

「本当。」

 

「ば、馬鹿な!そんな筈!だ、だって君は、特別な存在じゃないか!村の人達だってあんなに君を大事にしてて・・・!」

 

堰を切ったように、溢れ出た言葉も。

 

「そう。大事な・・・神様への捧げ物。」

 

その一言に。

再び、止められた。

 

「だから、ある程度の特権が与えられて、我儘も利いたの。」

 

「・・・」

 

「いやー。この五年間、いい思いさせてもらったわー。みんな何でも言う事聞いてくれるし、年に一度の儀式以外、働かなくても食べて行けたし。」

 

「エ・・・エミナ・・・」

 

「でも、それも、今日でおしまい。」

 

エミナは。

少し俯いて。

過剰に明るかったその顔を。

憂いに,溶かした。

 

「明日、私は・・・」

 

「エミナ・・・!」

 

「仕方の無い事なの。」

 

「そんな!」

 

「・・・先代の巫女も。先々代の巫女も。ずーっと、そうして来たんだから。」

 

「そん・・・な・・・」

 

「それが。」

 

村の掟だから。

神殿の中は、静まり返り。

俺は唇の動きだけで、その言葉を聞いた。

 

 

 

沈黙が続いた。

明り取りの窓から差し込む陽の光は。

いつの間にか、中天を過ぎていた。

 

「・・・一つだけね。」

 

ぽつりと。

エミナは、言葉を漏らす。

 

「五年間、好き放題生きて来てね。それでも一つだけ。」

 

女神像に向かって、一歩、踏み出す。

 

「してみたい事が、あるの。」

 

「・・・それは・・・」

 

思考が停止した俺は。

虚ろな声で、それを問う。

 

「結婚、してみたい。」

 

「え・・・」

 

「お嫁さんに、なってみたいの。」

 

「・・・」

 

「その相手が、ね。」

 

俺に向けられた、笑み。

とても悲しい、笑顔。

 

「タイチみたいな人だったら・・・嬉しいんだけどな。」

 

「エミナ・・・」

 

「たった一日だけの奥さんになっちゃうんだけど・・・」

 

「俺は・・・」

 

「それでも・・・いい?」

 

「エミナっ!」

 

俺は。

エミナの身体を、抱き締めていた。

 

「タイチ・・・」

 

エミナの腕が、そっと。

俺の背に、回された。

 

「俺みたいなヤツで良ければ・・・!」

 

「そこが、タイチのいい所だけどね。」

 

エミナが、くす、と笑った。

 

「俺みたいなヤツ、じゃなくて。」

 

「エミナ・・・」

 

「・・・あなただから・・・」

 

「・・・っ!」

 

エミナが、瞼を閉じ。

唇を、差し出した。

俺は、それに答えた。

触れた瞬間、エミナの吐息が漏れた。

長い長い、儚い時間。

俺とエミナは、ひとつだった。

 

 

 

 

「女神、サラスの名に於いて。」

 

女神像の前。

エミナは朗々と、その宣言を神殿内に響かせた。

 

「我、エミナ=ヒューデントは、タイチ=オダに、終生の愛を誓う。」

 

そして。

俺に、その笑顔で、促す。

 

「・・・女神、サラスの名に於いて。」

 

明日には。

エミナの命を奪う、クソッタレな女神。

 

「お・・・我、小田太一は、エミナに・・・終生の愛を・・・」

 

拳に、力が入った。

 

「・・・誓う。」

 

声は、掠れたけれど。

俺ははっきりと、そう宣言した。

 

「次は、誓いの指輪の交換。」

 

「・・・ああ。」

 

本来は、この村で生まれた人間が、誕生と同時に親から授けられる”命の指輪”。

それを持っていない俺の為に、エミナは事前に二つの指輪を用意していてくれていた。

互いの指に、それを互いの手で嵌めて・・・

結婚の儀式は、終了した。

 

「タイチの世界では・・・結婚の儀式はどうやるの?」

 

「これと、とても良く似ているよ。」

 

「へぇ・・・」

 

どの世界でも、考える事は一緒なんだ、と。

エミナは小さく笑った。

 

「それと・・・」

 

「ん?何?」

 

「俺達の世界ではこの後、誓いのキスをする。」

 

「え~っ!さっきしたばっかりなのにぃ!?」

 

「そ、そう言うもんなんだから仕方ないだろ!」

 

「タイチがしたいからって、嘘言ってんじゃないのぉ?」

 

「ほ、本当だよ!本当だって!」

 

嘘、嘘、とケラケラ笑う、エミナ。

 

「本当・・・だけど・・・」

 

その顔を見た、俺の本当の、気持ち。

 

「・・・俺が、したいってのも・・・事実だよ。」

 

エミナの笑いが、止まった。

 

「・・・いいよ。」

 

「えっ。」

 

「して、いいよ・・・ううん!」

 

こちらを向いたエミナの瞳が、潤んでいた。

 

「して・・・ください・・・」

 

「エミナ・・・!」

 

陽は、とうに暮れ。

神殿内を、夕闇が支配する。

エミナの望み。

俺の、望み。

微かな互いを呼び合う声の後。

それが、叶えられていた。

 

 

 

つづく




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