Nicotto Town



ナナシノート

「ああああ!」
どうして?どうして?どうして?
「うわああああ!」
消えてない。消えてない。消えてない。
「ああっ!ああっ!」
記憶が。過去が。罪が。悲しみが。
何より
「私っ!私!消えてないぃっ!」
私は、叫び続けた。
「・・・っ!・・・っ!」
声が尽きても。
なお。



「・・・」
そこには、6人の私がいる。
未だ、眠り続けている。
私は泣き叫ぶ力さえ尽き、ただ茫然と、それを眺めていた。
「・・・死のう。」
私の口から、そんな言葉が漏れた。
ただ、溜息のように漏れただけの言葉だった。
が。
「うん。死のう。」
その言葉で、心が決まった。
「でも、ここじゃやだな。」
私は我儘にも、そう考えた。
ワカバの傍で、死にたい。
遺体が残っているのかどうかも解らないけど。
ならせめて、ワカバと日々を過ごしたあの場所で、死にたい。
「・・・行こう。」
そうだ。行こう。
ただ、私は罪を犯したんだ。
このまま、ワカバの傍には行けない。
私はささやかな罰を、自分に課した。



「・・・開けられる。」
再構成された私の体は、以前と殆ど変わらないけれど。
ケムリクサにとっては大人と判断されるらしい。
試しに操作した壁は、難無く開いた。
「行ける。」
罪悪感も悲しみも、消えた訳ではない。
それでも。
「ワカバの所に、行ける。」
奇妙な高揚感が、私の胸に宿っていた。



「これが・・・六枚目の壁・・・」
言うなれば、この先は7番目のエリア。
”7島”とでも名付けようか。
「あっ・・・」
身体がよろけ、膝を付く。
無理もない。
陸が途切れた場所。
”赤”の命令に従う虫。
ケムリクサで何とか切り抜けて来たものの、かなりの距離、壮絶な旅を続けて来たのだ。
「あとどれくらいかな・・・もう半分来たのかな・・・」
解らない。
解らないが・・・
「こんな所で・・・」
こんな所で、倒れてはいられない。
私はなけなしの力を振り絞り、壁を操作し、穴を開けた。



「えっ・・・」
壁を抜けると、そこは。
明らかに空気が違った。
「ここ・・・」
静かで。
清らかで。
そして。
「懐かしい・・・」
暫く、その覚えのあるような雰囲気に浸った後。
「・・・!」
それが何であるかに、思い当たった。



「はぁ・・・はぁ・・・」
足は縺れ、息は乱れる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
それでも、止まれない。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
この先に。
きっと。
何故ここなのかは、解らないけど。
でも。
「いる・・・いるよ!」
狂おしい程に。
求め続けた、あのひとが。



「あ・・・」
やがて。
私は、大きな樹の幹に辿り着いた。
そこには。
「これ・・・」
間違い無い。
ワカバの白衣だ。
「まさか・・・」
幹に、触れて見る。
「・・・!」
そして、確信した。
「ワカバ!」
これが、ワカバだ。
記憶の葉で見た、ミドリを芽吹かせた、ワカバの身体。
ワカバはこの樹になったんだ!
「ワカバあぁっ!」
私は幹に縋り付いて、泣いた。
悲哀と。贖罪と。愛しさと。
「ワカバ・・・ワカバ・・・」
とうとう会えた、喜びに。



「あ・・・」
ひとしきり、泣いた後。
私はその場に、崩れ落ちた。
「ああ・・・もう・・・」
私の体は、とっくに限界を超えている。
気力だけで、ここまで辿り着いたのだ。
「でも・・・」
ワカバの傍で。
その目的は、達する事が出来たのだ。
「どうしよう・・・」
いいのだろうか。
いいのかな。
こんなに幸せで、いいのかな。
「私・・・わるいこと、しちゃったのに・・・」
ごめんね。ワカバ。
それでも。私。
すごくすごく。
今。
しあわせなの。



”りり!りり!”
「ワカバ・・・?」
声が、聞こえる。
そんな筈、無いのに。
”りり!りり!”
「ワカバの・・・声だ・・・」
空耳かな。
きっと、そうだろう。
私の願望が生んだ、幻聴なのだろう。
それでも。
「嬉しい・・・」
もう充分に幸せなのに。
ワカバはいつも、それ以上のものを、与えてくれる。
”りり!”
「うぅん、違うよ・・・」
ただ。
私に、そんな資格は無い。
「私・・・りりじゃない。」
あの優しい声に、呼んでもらう資格なんてない。
だから。
「私には・・・名前が無いの・・・」
りりと言う名前は。
あの、分身達に分け与えて。
今の私には、名前は無い。
それが、小さな小さな、私への罰。
”りり!りり!”
「ワカバ・・・」
それでもワカバ。
あなたの名前を呼ぶ事だけは、許してね。
それだけは・・・




ああ。
何て幸せな最期だろう。
優しい声を聴きながら。
愛しい名を呼びながら。
私の意識は、遠のいて行く。



私は、名無し。
七島で死んだ女の子。
ナナシ



fin.




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.