大事
- カテゴリ:アニメ
- 2019/05/18 10:51:50
「・・・」
溜息を飲み込む。
空を仰ぐ。
空虚な脳裏に、像が結ぶ。
『ミドリちゃん・・・』
大事なもの。
失ったもの。
自ら手放したもの。
「そうにゃ・・・」
それを決めたのは、自分だ。
妹の為に。
妹の大事の為に。
「りんがいなかったら・・・」
そもそも、その妹が、自分の「大事」を堪能する時間を与えてくれたのだ。
感謝こそすれ、恨み言を言うつもりはない。
後悔など、していない。
「けど・・・」
自分の大事を失って後の日々が、こんなにも虚しいものだとは思わなかった。
折角飲み込んだはずの溜息が、俯く拍子に零れてしまった。
「りつさーん!」
「姉さん!」
「あ、りん、わかば君。どこ行ってたにゃ?」
そう言えば、二人の姿を朝から見ていなかった。
陽は既に傾き始めている。
自分の妹と、既に家族と言っていい、妹の大事な人。
そんな二人がいない事を気にも留めず、それ程の長時間、ぼんやりしていた自分に呆れてしまう。
「あ、いや、ちょっと船の中に・・・」
「船にゃ?」
「えーっと、赤い木の調査で・・・」
どうも、彼の歯切れが悪い。
衣服や体も所々汚れている。
「それより姉さん!」
妹が、ぐい、と手を突き出した。
その掌に乗っている、それは。
「これ・・・!」
彼女には色は解らない。
が、確かに輝く、その小さな種子。
その”音”は。
「ミ・・・ミドリ・・・ちゃん・・・?」
恐る恐る、妹の手から、それを受け取る。
鈍い筈の触覚が、その記憶を喚起させる。
自分の”大事”だ。忘れよう筈も無かった。
「ミドリちゃん!!」
思わぬ”再会”に、きつくそれを胸に抱く。
「で、でも・・・」
暫し歓喜に酔っていた彼女も、流石にそれに気付く。
「これ、どうしたのにゃ?」
「い、いや、ですから・・・」
青年は後ろ頭を掻きながら、頬を染め、伏せた視線を泳がせる。
「あ、赤い木の調査でですね、偶然・・・」
その隣で、妹がくすくすと笑う。
『そう言う事にゃ・・・』
青年は、あの戦いの跡地、その残骸の中に、ミドリの残滓が残っていないかと必死に探してくれたのだろう。
身の汚れが、それを物語っている。
そして、彼女に気を遣わせないようにと言う配慮と、照れ。
その結果としての、誤魔化し。
『あぁ・・・』
妹の楽し気な笑顔を眺めつつ、その妹のかつての言葉を思い出す。
”姉さんの好きは、私達の大事だ!”
『今度は、りんの好きが、私の大事を連れて来てくれたにゃ・・・』
大事と大事が重なり合って。
自分の手の中に、今、小さな奇跡が芽吹いている。
「わかば君。りん。」
本来ならば、有り得なかったかも知れない奇跡。
有ったとしても、それは、手にする事が、とてもとても難しかったであろう、奇跡。
「有難うにゃ・・・」
その一言に、今の気持ちを乗せ、寄り添っている二人に向けた。
fin.
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- 茶沢山
- 2019/10/12 04:41
- kanataさん有難う御座います
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- Kanata
- 2019/10/11 23:45
- 茶沢山さんの温かい小説がとても好きです
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