Nicotto Town



大事

「・・・」

溜息を飲み込む。
空を仰ぐ。
空虚な脳裏に、像が結ぶ。

『ミドリちゃん・・・』

大事なもの。
失ったもの。
自ら手放したもの。

「そうにゃ・・・」

それを決めたのは、自分だ。
妹の為に。
妹の大事の為に。

「りんがいなかったら・・・」

そもそも、その妹が、自分の「大事」を堪能する時間を与えてくれたのだ。
感謝こそすれ、恨み言を言うつもりはない。
後悔など、していない。

「けど・・・」

自分の大事を失って後の日々が、こんなにも虚しいものだとは思わなかった。
折角飲み込んだはずの溜息が、俯く拍子に零れてしまった。



「りつさーん!」

「姉さん!」

「あ、りん、わかば君。どこ行ってたにゃ?」

そう言えば、二人の姿を朝から見ていなかった。
陽は既に傾き始めている。
自分の妹と、既に家族と言っていい、妹の大事な人。
そんな二人がいない事を気にも留めず、それ程の長時間、ぼんやりしていた自分に呆れてしまう。

「あ、いや、ちょっと船の中に・・・」

「船にゃ?」

「えーっと、赤い木の調査で・・・」

どうも、彼の歯切れが悪い。
衣服や体も所々汚れている。

「それより姉さん!」

妹が、ぐい、と手を突き出した。
その掌に乗っている、それは。

「これ・・・!」

彼女には色は解らない。
が、確かに輝く、その小さな種子。
その”音”は。

「ミ・・・ミドリ・・・ちゃん・・・?」

恐る恐る、妹の手から、それを受け取る。
鈍い筈の触覚が、その記憶を喚起させる。
自分の”大事”だ。忘れよう筈も無かった。

「ミドリちゃん!!」

思わぬ”再会”に、きつくそれを胸に抱く。



「で、でも・・・」

暫し歓喜に酔っていた彼女も、流石にそれに気付く。

「これ、どうしたのにゃ?」

「い、いや、ですから・・・」

青年は後ろ頭を掻きながら、頬を染め、伏せた視線を泳がせる。

「あ、赤い木の調査でですね、偶然・・・」

その隣で、妹がくすくすと笑う。

『そう言う事にゃ・・・』

青年は、あの戦いの跡地、その残骸の中に、ミドリの残滓が残っていないかと必死に探してくれたのだろう。
身の汚れが、それを物語っている。
そして、彼女に気を遣わせないようにと言う配慮と、照れ。
その結果としての、誤魔化し。

『あぁ・・・』

妹の楽し気な笑顔を眺めつつ、その妹のかつての言葉を思い出す。

”姉さんの好きは、私達の大事だ!”

『今度は、りんの好きが、私の大事を連れて来てくれたにゃ・・・』

大事と大事が重なり合って。
自分の手の中に、今、小さな奇跡が芽吹いている。

「わかば君。りん。」

本来ならば、有り得なかったかも知れない奇跡。
有ったとしても、それは、手にする事が、とてもとても難しかったであろう、奇跡。

「有難うにゃ・・・」

その一言に、今の気持ちを乗せ、寄り添っている二人に向けた。



fin.

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2019/10/12 04:41
kanataさん有難う御座います
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2019/10/11 23:45
茶沢山さんの温かい小説がとても好きです



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