おとなり勇者<序>①
- カテゴリ:自作小説
- 2019/08/09 07:28:29
「ふふふ・・・ここが地上界か・・・」
空を覆う、暗黒の空気。
地を染める、朱い影。
揺れる巨躯。
地獄の底から響くかの如き笑い。
その禍々しき姿に、目の当たりにした全ての人間は同じ名を脳裡に浮かべた。
『魔王』。
「そ・・・そんな・・・」
ある者は自失し
「こ、この世の終わりだ!」
ある者は嘆き
「神よ!」
ある者は祈り
各々がそれぞれに絶望を現す。
「ま、魔王め!」
が、そこに。
「何の目的で魔界からやって来た!」
一人の勇気ある若者が。
”おいやめろ””殺されるぞ”
周囲の口々の制止を振り切り、魔王に問う。
「ここは俺達の村だ!好き勝手な事は・・・!」
「目的?お引越し。」
「・・・は?」
「だってさぁ、魔界ってさぁ。しょっちゅう火山は噴火してるし、沼とか川の水は毒水だし、空気は悪ぃし、岩場ばっかで畑も作れないんだもん。最悪っしょ?」
「・・・」
「だからさぁ、どっか居住環境のいいとこないかなーって思っててさぁ。そういや地上界って住みやすそうじゃん、って話になってさぁ。」
「そ、それで、手始めにこの村を侵略・・・!」
「でもここ、他人(ひと)ん土地かぁ・・・参ったなぁ。」
「・・・え?」
「ねぇ君。どっか無い?誰の土地でも無い場所。」
「え?えー・・・っと・・・」
毒気を抜かれてしまった若者は、目を点にしたまま、譫言の様に呟く。
「・・・トマル王国とミラン帝国の間に、所有権が決まってない領土があるみたいだけど・・・」
「おっ!それいいね!さんきゅー!」
「あ、ち、ちょっと!」
「いい事教えてくれたお礼に、毎年の農作物、どれかを豊作にしておくね!」
呆然とする村人達を尻目に、魔王は去って行った。
余談であるが、以降、その村ではやたらとナスが良く育った。
他の物を植えてもナスが育った。
ヤケクソになった村人たちは自らの村を「ナス村」と呼び、聞き知った経緯にウケた周辺の村、都市から大勢の人間がナスを買いに訪れ、ナスの名産地として栄える事になってしまったのであった。
<つづく>