Nicotto Town


「時のかけら」


創作小説「優しい雨」5(最終話)

 

優しい雨


第5話(最終話)


 梅雨時ということもあって今日も空はどんよりと曇り、しとしと雨が降っていた。

『智博は帰ったよ』と蒼から聞いていたのだが、玄関口の端の方に壁にもたれ、灰色の雲に覆われた空を見てる智博を見つけた。

 智博はいつか雨宿りの軒下で見た時と同じような表情をしていた。

 前を見た…凛とした姿に惹かれ、あの日も声をかけずにいられなかったのを思い出した。

 無言のまま、智博の側に寄って隣に座り込んだ。

 コンクリートの床はちょっと冷たく感じた。

「シナリオ、出来たよ」

と、鞄から取り出した小冊子を渡した。

「…ありがとう」

 パラパラとページをめくる音だけがその場に聞こえていたが、視線は文字を追いながら智博が口を開く。

「あの後、どうなった?」

「あの日に母が迎えに来たわ」

 相変わらず主語のない問いかけ。

 それでも柚莉花には何が言いたいのかが判る。

「『遺産なんかいらないし、柚莉花も渡さない!って言ったやったわ!!』って笑いながら」

 祖母は後継ぎが欲しかったらしい。

 ひとり身で子供を育てるのは大変だろうと手放すよう仕向けようとしたが、母はそれだけはしなかった。

「良かったな」

「うん」

 素直に笑顔で頷いた。

 必要ないのかもと不安を抱いていたのはあの日までだった。

「〝変わらない永遠なんて必要ないよ〟」

 智博が口にしたそれはシナリオに書かれたセリフ。

 病気の女の子が不思議な青年から不老不死の命の力を受け取ろうとする。

 命の誘惑に負けそうな彼女にずっと側にいた少年が伝える言葉。

 同じ時の中で生きていこう、と。

 壊れてしまった幸せな日々がもう一度、続くことを願っていたあの時の自分自身と、新たな幸せを手に入れることもできるんだと教えてくれた彼。

 それを元にして創った話だった。

 動かなきゃ手に入らない。

「智博…あのね……」

 心の奥底にしまい込んでいた想い。

 再会してから、会ったばかりの智博に惹かれた理由がなんとなく判った気がした。

 お互い、これから始まろうとする生活の不安の中に誰かを信じ抜く強さが彼の中にあったこと。人を信じられず一人だと思っていたから。

 自分にはなかったその強さに憧れを持ち、惹かれたのだ。

 そして、あの時と変わらない彼を目の前にして。

「忘れようと思ったけど、忘れられなかった」

「それで」

 智博は先を促すように言うと、ゆっくり柚莉花に両手を伸ばし、彼女の掛けていた眼鏡を引き抜いた。

「会えば、こうなると判っていたから……」

 裸眼でもはっきりと見える距離にある智博の顔が、さらに近づき、触れ合った唇。

「うん。俺が逃がさないから」

 激しくなりはじめた雨が突風に煽られて二人がいた場所まで濡らしていく。立ち上がった智博は柚莉花の持っていた傘を優しく奪い取り、広げる。

「遠山先輩、家まで送りますから傘、貸してください」

 そう言って差し出された手に柚莉花は躊躇いもなく掌を重ね、握り返した。

 

 部屋の窓から智博と柚莉花が帰って行く姿を見つけて蒼は小さく笑った。

「どうしたんですか? 蒼先輩」

と、その様子に桜が窓の外を見て二人に気付く。
「あ、智博先輩達だ。仲良さそうだねぇ」
 
嬉しそうに笑顔で言う桜に対して微笑を浮かべると蒼は背伸びをして席から立ち上がった。
「明日から本格的な練習だから今日は帰ろうか」

 先程まで開いていた台本を桜に渡す。中には演技に対する事がいろいろ書き込まれている。

「初めてだし、時間もないから、特別」

「はい。ありがとうございます、頑張ります」

 桜は嬉しそうに笑った。

 

*     *     *

 

 文化祭は盛り上がりを見せ、演劇部の舞台も無事に終わりを告げた。在校生の声援の中、カーテンコールで舞台の中央に立つ智博の姿は柚莉花が今まで見た中で一番の輝きを放っているように感じた。

「すごいですね」

 舞台のソデで隣に立つ蒼に呟く。

「えぇ。でも、もっと上に行きますよ」

 確信に満ちた言葉は聴いていて妙に心地よかった。

 ふと、舞台の上の智博と視線が合い、彼が手招きをする。

「?」

「どうぞ、裏方紹介ですよ」

 蒼に促され舞台に足を踏み入れ、智博に引っ張られて中央に立たされる。

「文芸部、原作シナリオ担当、遠山柚莉花さん」

 マイクを持った智博によって紹介されたので軽く頭を下げた。
 そして、
「俺のだから手、出すなよ!」
 繋いだ手をそのままに、マイクを通して宣言される。
 どよどよと会場がざわめく仲、智博は平然と野次馬の言葉に対応している。
 呆然としている柚莉花に、

「お疲れ様」

と桜が笑顔を見せる。

 舞台ソデにいる蒼の笑みも目に留まり、演劇部の計画であるワナに引っかかったのだと気付いた。

 かつてない大声援で盛り上がる中、緞帳の幕が降りたのだった。

 
【END】



最終話をお届けですw

アバター
2010/11/05 00:33
俺のだから手をだすなよっ!
たしかに言ってみたいセリフだな…。って
ついこの前言ったような…誰とは言わないけど…(@_@;)
アバター
2010/10/31 21:50
うーん。
ニマニマして読んでしもた。
後ろに誰も居なくてよかったですわ(笑)

でも、
智博クン
かっこよすぎw
アバター
2010/10/31 18:13
良かったですぅ~❤
いやー、学園祭、思い浮かべるだけで胸キュンでございますw

あきさんが書かれるお話って設定がきちんとされてて、そのお話だけじゃなくって別のとこにも顔出したり、ってめっちゃ嬉しいですよね^^ 

本編や、また外伝が出るのがどんどん楽しみになります!
アバター
2010/10/30 21:49
面白かったですよー
色々裏があるのですねww
次回作も楽しみです@@
アバター
2010/10/30 21:39
はい。終わりました。
ちゃんと恋愛小説になっているのかどうか不安な感じですが、私の精一杯ですww

お決まり(?)のウラ設定暴露ネタww
劇中劇とでも言いましょうかww
柚莉花の書いた小説の内容は…一応、以前に載せた小説の「夏の幻影」の続編である「夏の記憶(仮)」になってたりしますww←コレもまだ書けてないんだけどねww
あと智博が演じた「ひとり舞台」というのも、むかーしに考えたショートストーリーを演じたという設定で、書いておりますw
そんないろんな所にちょこちょこと遊び心を入れ込んだ、小説でしたww

次の小説はまだ未定ww




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