side 宵の客―1―
- カテゴリ:自作小説
- 2011/04/11 20:38:37
それは日も暮れて、とろりとした夜の闇が辺りに漂い始めた頃だった。
もうお客さんは来ないだろうなと思いつつも、ぐずぐずとアオイはお店を開いたままにしていた。
全くお客様が来なかった昨日に比べて、今日は少ないながらもこの店を訪れてくれる人が居た。自転車に乗ってやってきた男の子と、花柄のスカートが良く似合っていた女の人3人組と、お年を召した夫婦。それだけ、と言われてしまえばそれまでなのだけど。それでも少しでも自分が営むこの喫茶店に足を運んでくれる人がいる。という事が堪らなく嬉しかった。
そのせいもあって、まだお客様が来るかもしれない。という気持ちからアオイは日の暮れたこの時間になってもまだ、お店を開いたままにしていた。
テーブルを綺麗に拭き清めて、メニューをきちんと並べて、カトラリーを磨いて籠にそろえて。きゅっきゅ、とリズミカルにグラスを拭いていたアオイだったが、庭に人の気配を感じ、ふと手を止めて窓の外に視線を向けた。日暮れの後の蒼い闇の中。庭では先日植えた桜が朧月に照らされながら、白い花びらをはらはらひらひら、と散らしている。その下に誰かが居るような気がしたのだ。
お客様だろうか、それとも散るはなびらを、人と見間違えただけだろうか。とアオイは窓辺に寄り、そっと外の様子を伺った。
―その男の人は、手に大きな鞄をぶら下げて、桜の木の傍に立っていた。
旅の人だろうか。闇の中にひとりきりで佇むその姿を良く見ようと目を凝らしながら、アオイは微かに首を傾げた。丁度アオイの方に背中を向けているのでどんな人なのかよく見えない。けれど、その肩の辺りに疲れた様な気配が滲み出ているように見えた。頼りなげに丸められた背中は、少し途方に暮れているようにも見えた。
大丈夫かしら。だけど変な人だったらどうしよう。
一瞬、声をかけるのがためらわれて、アオイがその人の様子を窺っていると、つ、と旅の人が顔を上げた。
ひらり、はらり、と儚くもたおやかに、桜の花びらが散る様をじっと眺めているようだった。
桜の好きな人に、悪い人はいないわ。
何の根拠もないけれど妙な確信を持って、アオイは窓を開いた。
きい、と窓の枠がこすれる音が響いた。その遠慮がちな物音に、旅の人がくるりと振り返った。思っていたよりも若い男だった。きりりと端正な顔立ちだが、しかし、やはり疲れているのかその顔色は悪い。
こんばんは。とアオイが軽く会釈をすると、相手も小さく頭を下げた。
長々と庭に居座っていた事にばつの悪さでも感じたのか、微かに俯いてそのまま旅の人は庭から去ろうとしていた。再び背を向けられてしまい、アオイが慌てて呼びとめようとした瞬間。旅の人は再びくるりと振り返った。
「あの。」
「はい。」
旅の人の言葉に、期待するような眼差しを向けてアオイは小さくうなずいた。その子犬がかぶりついてくるようなアオイの様子に、ふと旅の人は微笑み、入ってもいいですか。と続けた。
――――――
☆日記調だけでは色々と限界が来たので、いつもの調子にもどしてみました。
日記だけだと、どうしても描写が難しい…。技量が足りないな。