Nicotto Town


アオイさんの日記


のたりのたり、かな

お昼を終えて、お客様が途切れてしまった時間。
ちょっと一休みをしようと、椅子を持って庭先に出た。

この家は、くるりと周囲を水に囲まれている。
小さいころから山の中で暮らしていた私にとって、こんな大量の水に囲まれている事はとても新鮮で、だけどちょっとドキドキと不安になったりもする。
こんなにたくさんのお水が、ある日突然、襲いかかってきたらどうしよう。って。

子供のころから水はちょっと怖いものだったから。

水にはカミサマが宿っているから下手に騒いで汚してはいけないよ、勝手にひとりで川に近づいてはカミサマに怒られるよ。って姉さんたちに言われていて。
その言葉の通りに、木々に水面を覆われた深い淵などは底が知れなくて恐ろしかったし、山の奥、大きな岩を登った先にある絹糸のような滝の近くは、近寄ってはいけない大切な場所だった。
唯一遊ぶことを許されていた、流れがゆっくりの沢でも私はなんだか怖くて遊ぶ事が出来なかった。
ほんの少しだけ、足首までしか水の中に入ることができなかったなぁ。


だけど。ここのお水は、こんなに沢山あるのに、そこまで怖い感じではない。
前に、ヤマブキさんが、この街には水と共存するシステムが組み込まれているのよって、言っていたっけ。
(あの花柄のお洋服が良く似合うお客様はヤマブキさんという名前。この間、ようやっと、お名前を聴く事が出来たのだ)

水とうまく付き合うコツは、力で逆らうんじゃなくて、バランス良く乗りこなす事。
そんな風に言っていたっけ。

そんな事を、椅子に腰をおろして水平線をのんびりと眺めながら思い出したりもして。
そうのんびりとしている間、ずっと、目の前に両腕いっぱいに広がる水が、のんびり具合に追い打ちをかけるように、ゆっくりと寄せては返していた。


春の海、ひねもすのたりのたりかな。
前におじさんが呟いた言葉ってこういう事を言うんだわ。
春の淡い水色の空が、一日を終える準備を始めた頃。小さいころに聞いた言葉が、私の中ですとん、と腑に落ちた。

のたりのたり、ってどういう意味?
って、おじさんの言葉に、私も横に居たソラも首を傾げたけれど。
目の前で、のたりのたり、としか言いようのない長閑さで、寄せては返す水際を眺めながら、思わず笑っちゃった。
うん。のたりのたり、かな。




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