Nicotto Town


アオイさんの日記


side 自転車少年の憂鬱・2

 いつもだったら少しおしゃべりをして席から離れるのに。あるいはカウンターの中に入って作業をしながらも、皆の話に耳を傾けたりしているのに。今日、というかここ最近のアオイにはそんな余裕が無い。
 まあ本来、喫茶店ってそれぞれがそれぞれの時間を過ごすためのものであって、店員が主役ではないからな。
 そうヘイゼルは自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。が、ヘイゼル自身にとって、アオイと会っておしゃべりをしたりすることも、ここに来る理由の一つだったから。やっぱりさびしい。
 
 くるくると立ち働くアオイにちらりと視線を向けてヘイゼルが小さくため息をついた。と、ヘイゼルの不満が少し滲んだため息に目ざとく気がついたヤマブキが、再びからかうように、ヘイゼル少年。と口を開いた。
「いくらかまってくれないからって、女の子の生足をじっくり観察するのはいかがなものかと思うよ。」
「別に、だから、観察なんかしていません。」
「じゃあついつい目で追っちゃった。と言う事かな。」
ふっふっふ。とどこか楽しそうに言うヤマブキの言葉は、その通りだったから。言い返す事も器用にかわす事も出来ず、みるみるうちに真っ赤にそまったヘイゼルに、若いって良いねえ。なんてサハラまでもが、からかうような口調で言ってきた。

「まあ確かに今日のアオイさんの格好は可愛らしいけれどね」
「あらサハラさん。あなた、やっぱり可愛い系の子が好みなんじゃない」
「好みの問題じゃなくて、一般論。ヘイゼル君にとっては一般論じゃないけれど」
「サハラさん、最近性格がヤマブキさんに似てきたよ」
「あら良い兆候ね。面白い人が増えるってことよ、それ」

そんな他愛のない話を三人でしていると、お待たせしました。とアオイがコーヒーと焼き菓子の乗ったお盆を持って現れた。
「…あれ、ヘイゼルさん。どうかしましたか?」
コーヒーを二人の前に置きながら、いまだ頬のほてりが治まらずに頬を赤く染めている顔をしているヘイゼルに、アオイが声をかけた。
「もしかして、体調悪いですか?」
そう心配そうに眉を寄せて自分の心配をしてくれる事が嬉しくて。ヘイゼルはさらにどぎまぎと顔を真っ赤にしながら首を横に振った。
「あ、いやなんでもないです大丈夫です。」
「ヘイゼル少年は、アオイちゃんが可愛らしくてドキドキしちゃっているのよ」
ふっふっふ。とまたもや人の悪い笑みを浮かべて横からヤマブキがそんな事を言ってくる。
 その言葉に、アオイはきょとんと眼を見開いて、そして少しだけ不安げに自分の格好を見降ろした。
「あ、あ、あの。なんか派手かなと思っていたんですが、この格好。」
でも可愛くてつい買っちゃったんです。と、少し恥ずかしそうに言うアオイに、大丈夫です。と思わずヘイゼルはそう言ってしまった。
「凄く似合ってて、可愛いですから。」
そう力強く言い切ったヘイゼルに、またもやアオイは驚いたように目を見開いて。そして今度は嬉しさで頬を染めた。
「ありがとうございます。」
 ぺこん、と小さく頭を下げてはにかむように微笑むその姿は、恋する男子に対してとんでもない攻撃力だ。
 真っ赤になっているヘイゼルにもう一度微笑みを向けて、アオイが彼らの席から離れようとした時だった。
 あ、アオイさん。とサハラが去りかけたアオイを呼びとめた。
「なんですか?」
「はいこれ、あげる」
とサハラはそう言って、先ほど給仕された皿の上からピンク色のマカロンをひとつ、ぽん、アオイの手のひらに乗せた。
「え、」
驚いているアオイにサハラは穏やかに微笑んで、疲れてお腹が空いているだろ。と言った。
「それは頑張っているアオイさんへのご褒美だ。」




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