Nicotto Town


アオイさんの日記


side 外と中の境界線・1

 しとしとと、雨が街の中を覆っていた。天空の街も、街中の至る所に飾られているバルーンの淡い色彩も水彩画のように滲んで輪郭が崩れている。服の裾を雨で濡らしながらヘイゼルが閉店間際のアオイの店を訪れると、雨のせいかヤマブキとサハラしかいなかった。
「二人しかいないのって、珍しいですね」
いらっしゃいませ。と声をかけてきたアオイにそうヘイゼルが言うと、今日は雨のせいか昼間も暇でした。とアオイは苦笑を浮かべた。
「何にしますか?」
「ええと、お腹が空いているのでサンドイッチ、お願いします」
かしこまりました。とカウンターの内側に入ったアオイを見送って、ヘイゼルはヤマブキとサハラの座る席に近寄った。
「なんだかんだ言って、二人は仲良いですよね」
そうヘイゼルが言うと、サハラが困ったような笑みを浮かべながら視線を向けてきた。
「今は無理難題を押しつられているんだ」
「無理でも難題でもないわよ」
サハラの言葉に、ぶう、とむくれて。だって歌声大会だよ。とヤマブキは言った。
 ああ、例の歌声大会、アオイさんだけでなくサハラさんも誘っているんだ。とヤマブキの言葉にヘイゼルは心の中で呟き。
 少し、なんだか寂しいな。と思った。

 作業中に小さな声で歌っていたアオイに、歌声大会に一緒に出ないかとヤマブキが声をかけたのはつい先日の事だ。
 梅雨が終わった次の日、この街の学校の校庭にあるステージで歌声大会があるのだ。自分に自信のある者、ちょっと目立ちたい者、皆で何かをやりたい者、単に歌うのが好きな者。一人かあるいはグループを組んで、ステージに立ち演奏を披露するのだ。
 どうやらヤマブキはその大会に出たいらしい。

今日はなんだか肌寒いから、とアオイは単なるサンドイッチではなく、ホットサンドにして出してくれた。温かいうちにどうぞ。との言葉に、いただきます、とひとつ手を合わせてヘイゼルは狐色に焼き色のついたホットサンドに手を伸ばした。
トマトとハムとチーズ。シンプルな内容なのに、それが美味しい。熱されたチーズとトマトが絡み合う様を味わいながらもぐもぐと食べているヘイゼルの横で、既に食事を終えて温かなコーヒーを飲んでいる二人が押し問答を繰り広げていた。

「だって歌声大会だよ。ずっと面白そうだな。って思ってたんだよ。だけどカスミもナンテンもやだって言って一緒に出てくれなかったんだよ。アオイちゃんが歌を歌って、サハラさんがギターなんか弾いちゃって、私はあれだよ、ベース弾いちゃうよ?」
「うん、まあ確かに、面白そうだなと俺も思うけど」
でも人前に立つのは苦手だからなぁ。と眉を寄せながらコーヒーを飲み。ふと何かを思いついたような笑顔で言った。
「分かった。馬の覆面とか、そういうのを被ってもいいなら、出るよ」
「それは見ている分には面白いけど。却下」
サハラの茶化すような言葉に、真面目に考えてください。とヤマブキはむくれた。
 サハラさんギター弾けるんだ。なんか納得。器用に何でもこなしそうだよな、この人。
 実際のところサハラがギターを弾いている姿なんて見た事無いのだけど、でもやっぱりサハラさんがギターを弾く姿は様になるんだろうな。なんて思いながらヘイゼルは、やっぱり他人事のイベントに寂しさを感じる事を抑えられなかった。
一応、自分もギターは弾ける。だけどヤマブキさんから声はかからなかった。いや知らないから仕方がないし、そもそも人前で演奏するほど上手な腕前でもない。
 だけど、なぁ。と思ってしまうこの気持ち。これは、寂しさ、というか、疎外感と言うべきか。




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