Nicotto Town


アオイさんの日記


side 弱い音・1

 明日、梅雨が明ける。
 だから、今日は明日の前の日。
 …だと、いうのに。

 いつも通りお店を開いて、くるくると働いているアオイの姿を窓の外から眺めながら、ヤマブキはふうと小さくため息をついた。梅雨は明日、明ける。だから今日は明日の前の日なのだ。そう、今日は明日の前の日。だから、とヤマブキはお店に入らず、庭先を借りて、ひとり、ベースの練習をしているのだ。
 ヘイゼルはまだ学校で、髭の親父さんもまだ仕事で、アオイも仕事中。ヤマブキの仕事はどうしたのか、というと実は有給休暇を取っていた。
 なんか私ばかり気持ちが盛り上がっているのかな。と思うと、さすがのヤマブキも気持ちが落ち込んでしまう。しょっちゅうカスミあたりに「あんたは人の数歩先を進んでいるのだから、時々立ち止まる事を覚えなさい」と言われていたのだけど、つまりこういう事なのだろうか。
 自分ばかりが楽しくても、つまらない。
 いつも通り笑顔でお店を切り盛りしているアオイの姿を見て、ちょっと情けないような、やっぱりつまらないような、奥底ではとても不安なような、そんな気持ちをヤマブキは感じていた。
 
 ベース音を爪弾く。ギターのような鮮やかさは無い。ボーカルのような華やかさもない、ドラムスのような強さもない。けれど、ベースと言う楽器の音がヤマブキは好きだった。身体の芯を揺らすような弦の音が格好良いと思った。だから、頑張った。好きな事だからこそ、こつこつと頑張る事が出来た。自分で自分の事を飽きっぽい性格だと思っていたけれど、これに関しては飽きることが無かった。
 上手に弾けるようになったら誰かに聞いて欲しくなった。
 だけど、ベースだけでは誰にも聞いてもらえない。メロディを奏でる音が必要で、それに声を乗せてくれる人がいて、できたら支えるリズムもあって、そしてはじめて誰かに聞いてもらえる演奏となる。
 だから、アオイの歌声が素敵だったことに喜びを感じたし、サハラがギターを弾けるとこぼした時、これはもう、絶対に一緒に演奏してもらおう、とヤマブキは意気込んで説得したのだ。
 ギターはサハラでなくヘイゼルが弾くことになったり、ドラムを顔見知りの髭のおじさんがやってくれると言ってくれたり、衣装をナンテンが作ってくれたり。着々と準備は進んでいた。ほとんど思い通りに進んでいく、そんな中で自分だけが浮かれていたのかな。とヤマブキは明日の前の日である、今日、少し弱気になった。




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