Nicotto Town


アオイさんの日記


side 風邪と夢・1

しゅんしゅん、と遠くの方で薬缶でお湯を沸かしている音が聞こえてきた。
これはいつの事だろうか、ここはどこなのか。
熱で色んなものの境界線が曖昧になっていくのを感じながら、アオイは意識を手放した。

小さい頃の話だ。
アオイはいっつも季節の変わり目になると熱を出していた。
朝晩の気温は低い癖に昼間は汗ばむような陽気の頃。こんこんと嫌な咳をし始めて、気がつくと熱が体をむしばんでいた。
寝間着に着換えさせられて、温かな毛布にくるりと包まれて、小さなアオイは二段ベッドの下に寝かしつけられていた。
うらうらと、高熱のために意識がとぎれとぎれになる中、小さなアオイの傍らにはいつも小さなソラがいた。
「アオイ、お花あげる」
そう言って、アオイが眠っている間に庭から摘んできたのだろう。淡い色合いの花びらの、マーガレットをそっと枕もとに置いてくれたりした。
触れるとまだみずみずしいその花びらの感触が心地よくて、姉たちの誰かが気がついてコップに活けてくれるまで枕もとにそっと忍ばせたままにしていた。

とろりとした眠気からゆっくりと意識が現実へ浮上してくる。かすんでいた景色がはっきりとした輪郭をもってアオイの視界に広がった。
ようやく見慣れた、けれど小さい頃に見ていたのと違う高い天井。
一瞬夢と現実がごっちゃになりながら、アオイは小さくため息をついた。
ここは、ひとり暮らしをしている、私の家。
そう胸の中で呟いて、アオイはゆっくりと体を起こした。
高熱が関節を焼いてじんじんと痛む。ひと眠りしたくらいでは熱は下がってくれないようだ。
はあ、とため息をもう一度ついて、アオイは汗をかいてしまった寝間着を着替えた。それから台所に作っておいた湯ざましを口に含む。
食欲はまだ戻ってきていなくて、のどの痛みも酷いから何かを食べる気分にもならない。
一応、冷蔵庫に入っていた果物を取り出してみたが、やっぱり切ったりするのも億劫だったのでそのまま戻してしまった。
布団の中に戻り、もふんと枕に顔をうずめた。
ちょっとやっぱり、凄く凄く淋しい、な。
なんだか気弱になって泣きだしそうになるのをこらえながらアオイはそんな事を思った。

 




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