Nicotto Town


アオイさんの日記


side ワタリドリ・1

 その人はこの季節に似つかわしくない、褐色の肌をしていた。
 大きな鞄をごろごろと転がして、颯爽と街中を歩く姿はなんだか印象的だった。男性だろうか。海で暮らすイサナに負けない程の日焼けした肌が男の中性的な顔立ちを精悍なものにしている。
 どこかを訪れようとしているのだろう、ポケットからメモを取り出して何かを確認するようにその中身に視線を落として。そしてくシャリとメモを又ポケットにしまい込むと、ごろごろと荷物を転がしながら前へ進んで行く。
 旅の人か、あるいはこの街の新しい定住者かな。なんて思いながらヘイゼルは自転車でその後ろ姿を追い越した。

 空気が冷たい。剃刀みたいにひりひりと風を耳元に感じながら、自転車をこぐスピードを上げる。走れ走れ。この時期の空気は寒いくせにやたら背中を押したがる。そんな事を思いながら。
 急いだ先にあるのが、暖かな部屋と湯気の立った美味しいお茶だからか。それともほっと柔らかなあの人の笑顔があるからか。


「いらっしゃいヘイゼルさん」
予想通り暖かな空気で満ちたお店で、アオイが給仕をしていた。
 アオイがお茶を注ぐ席にはイサナとシドが居た。二人で向かい合ってなにやらゲームをしている。かちり、とゲームで使用している石たちが共鳴し合って響く音が小さく絞られた店内BGMの合間から聞こえてきた。
 なんだか珍しい組み合わせだなあ、とヘイゼルは思いながら傍の椅子に腰を下ろした。
「シドさんがブラウンさんと一緒じゃないって珍しいですね」
そう声をかけると、あいつは仕事中だ。と返事が返ってきた。
「今頃街中の電飾を飾りつける作業に追われているだろうよ」
そういえば、街中の街路樹にイルミネーションが巻きつけられ始めていた。
 親父の片割れ、ブラウンは電飾の職人だったんだな、と思いながらヘイゼルが二人のゲームの行方を眺めていると、アオイが飲み物を用意してくれた。温かなホットチョコ。ヘイゼルは湯気の立つマグを受け取った。
「ありがとうございます」
ヘイゼルの礼にアオイがにっこりと微笑む。その笑顔に身体だけでなく気持ちまでもが満たされた気分になる。緩みそうになる口元を何とか抑えながら、ヘイゼルがホットチョコをちびちび飲んでいると、イサナがちろりと視線を向けてきた。
「ヘイゼルくんって分かりやすいよね」
「だけど、アオイちゃんには伝わっていないというところが問題だな」
イサナの言葉に石を鳴らしながらシドが面白がるように返事を返した。甘い筈のホットチョコが途端に苦い。
 そう、こんなにもすぐ顔に出て、分かりやすいのに。自分の気持ちがアオイに伝わらない、というのは本当に問題だったりする。周囲にはばればれなのにな。他の席に給仕しているアオイの横顔を眺めながら、ヘイゼルは恨めしく思った。




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