Nicotto Town


アオイさんの日記


side ワタリドリ・2

 カラン、と扉が開く音が響いた。

 新しい客だ、と何の気なしにヘイゼルが入口の方へ視線を向けると、はたしてその客は先ほど街中で見かけた褐色の肌の男だった。
 がらがらと大きな鞄を引きながら男は店内をぐるりと見回して、そしてにっと笑った。
「アオイ」
快活な声でそう言った。アオイ。アオイちゃんでもなくアオイさんでもなく、アオイ。呼び捨てで呼ぶなんて。とヘイゼルが驚きながらアオイの方へ視線を向けるとアオイも驚いた表情で男を見つめて言った。
「ワタリさん!?」
アオイに呼ばれて、男、ワタリは、うん、と嬉しそうに笑った。
「久しぶりだね、アオイ」
「はい。お久しぶりです。村の夏祭り以来だから…もう4年ぶりですか?」
「ああ。そんなに経つのか。アオイは綺麗になったね」
「ワタリさんは相変わらず格好良いですね」
はしゃいだ声を上げるアオイに、に、と笑ってワタリは言った。
「まだおれのお嫁さんになってくれる約束は有効なのかな?」
そんな事を言うワタリに、アオイがもう、と頬を染めた。
 ヘイゼルは衝撃のあまりホットチョコを膝にこぼした。

 ワタリはアオイが暮らしていた場所によく遊びに来ていた旅人で、アオイの事を小さいころから知っている、のだそうだ。
 何それずるい。小さい頃のアオイさんを知ってるなんて、なんかそれだけでもうずるい。自分だってワタリと違ってここに来てからのアオイの事をずっと知っているという事実は、それはそれ、と棚に上げておく。じとりとした眼差しを楽しげに語りあう二人にヘイゼルは向けた。

「それで、ここに寄る前に、ソラを訪れたんだ」
二人の会話に耳を傾けていて、不意に出てきた、ソラという名前にぴくりとヘイゼルは反応した。

 ソラ。よくアオイとの会話に出てくる、アオイの幼馴染の名前だ。そうやって、アオイと思い出を共有できるだなんて、やっぱりずるい人だ。そう思いながらヘイゼルが二人の会話に更に耳を傾けていると、横からイサナが窘めた。
「ヘイゼルくん、人の会話を盗み聴きするのはあまり行儀のいいものじゃないよ」
「イサナさんは気にならないんですか」
「ちょっとは気になるけど。アオイの幼馴染の人の事も気になるけど。でも、わざわざ盗み聞きせず、アオイが話してくれるのを聞くだけでいい」
咎めるような視線でそう言われると、確かに自分の行動が恥ずかしくなってくる。
 だけどさ、と前のめりに言い訳めいた事を言い掛けて。ヘイゼルはそれもまた、やっぱり格好がつかないような、恥ずかしい様な心持になってしまい、憮然とした表情で椅子に深く腰掛け直した。

 そう、分かってる。言われなくても分かっているんだ。自分が恥ずかしい事をしてるってことぐらい。自分がなんて愚かな振る舞いをしているかってことぐらい。この嫉妬心が何処にも向けられないまま地面に落っこちてしまうことぐらい。




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.