Nicotto Town


アオイさんの日記


side 旅人と定住者・1

 このところ、ヘイゼルの態度がおかしい。
  理由は一目瞭然。アオイの古い知り合いであるワタリが原因だ。
 今も楽しげにアオイはワタリと話をしている。どうやら彼女の幼馴染であるソラについて何やら語っているようだ。
 そりゃあね。好きな子と男が親しげにしている所なんてみたら、不愉快になるのは当然だけど。でも少し露骨すぎないだろうか。とサハラは微かに苦笑しながらヘイゼルに給仕をした。
「ヘイゼル君。眉間に皺が寄っていますよ」
そっとサハラが教えると、ヘイゼルはばつの悪そうな顔でこちらを見上げてきた。
「みっともない奴だって、サハラさんも思いますか?」
「そうは思わないよ」
も、ってことは自分でみっともないと思っているのかもしれないな。そんな風に思いながらサハラは首を振った。
「ただ、アオイさんはヘイゼル君の態度に不安を感じてはいるみたいだけど」
そう言葉を続けると、分かっています。とヘイゼルは頷いた。眉をハの字に下げて、情けなく笑いながら。
「俺、ほんとみっともないですよね。嫉妬して、好きな人に八つ当たりをして」
「恋愛なんてそんなもんじゃないかな?」
思わずそう言うサハラに、大人だなあ、とヘイゼルは苦笑を深くした。
「そんなものだって、割り切れれば良いんでしょうけどね」
「割り切れないのが人の心ってやつよ」
と、不意に話に割り込むものが居た。カスミだ。いつの間にやらサハラの背後に立って、二人の話を聞いていたようだ。
「そんなもの、って言うにはヘイゼル少年の気持ちはきれいすぎると思うけど?」
そう言ってカスミはコーヒーを頼んできた。
 かしこまりました。とサハラがカウンターに戻ってコーヒーを淹れていると、カスミが席を立って、ワタリと喋っていたアオイになにやら話しかけた。一言二言、会話をして、そして今度はヘイゼルに話を振る。自然とアオイとワタリはカスミとヘイゼルの話の輪に入っていた。
 ぎこちない空気ながらもヘイゼルとアオイがお喋りをしている。さすがカスミである。こういう感情の機微を推し量って上手く間を取り持つような事には、彼女が一番適任である。
 ヤマブキや自分じゃあ、こう上手くは行かないな。苦笑しながらサハラがコーヒーを持って行くと、丁度皆でクリスマスの話題で盛り上がっている所だった。
「今年は、雪が少ないから雪の精を皆で呼ぶのだそうよ」
そう簡単に行くのかしらね、とカスミが笑いながら言う。その言葉にアオイが頬を上気させながら、大丈夫ですよ、と言った。
「私、毎朝お店が始まる前に、雪の精を呼ぶおまじないをしてますから」
朝の買い出しから帰って来る時、アオイが雪の結晶の入った瓶を大切そうに抱きながら帰ってきているのをサハラは思い出しながら、サハラはコーヒーをカスミに差し出した。ついでにアオイの分の飲み物も持ってきて渡した。
「ありがとうございます」
そう言って受け取ったアオイに微笑みを返しながらサハラはカウンターへ戻った。
 客が少ない時、こうしてアオイも飲み物片手に話の輪の中に入る時がある。時にはサハラも話題の中に入るが基本的には店の雑用を引きうける事の方が多い。
 アオイがこの店の顔で、自分は黒子。そんな位置関係がとても気楽であり、居心地が良い。
 カウンターの中で、サハラが焼き上がって休ませてあったケーキを切っていると、話の輪からワタリがひょいと抜け出してカウンターに寄ってきた。




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.