Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


実験室

男は自室でカカオの実を煎っていた。

アフリカから仕入れた、例のアレである。

植民地支配の賜物と言ってはなんだが、

科学者にとっては興味の対象が増えただけである。


ブランデン博士は、今日も貴重なカカオを
毎日のように少量ずつ煎っているのだった。

目的は薬効を調べるためである。

もっとも、そんなものがあるかどうかも
分からない。

でも、結局人が気にするのは
味ではなく薬効である。

この街に限らず、ヨーロッパ全体では
薬が不足して困っているのだ。

有効な薬はほとんどない。

砂糖が、応急措置には良いと聞いたが
如何せん使える薬は何一つないのである。

「エリザベス」

博士が呼ぶ声が聞こえる。

傍からドア枠越しに眺めているのだが。

「なに?」

私は聞き返した。


博士の仕事は単純だ。

考古学のために、薬の研究をしてお金を稼ぐ。

学校の給金など、たかが知れてる。

薬を引き当てれば、一山といったところだが。

如何せん臨床の実験台になるのは避けたい。

妻が実験台になるというのは、よくある話。

例えカカオだろうがコーヒーだろうが
それは避けたい。

砂糖だったらいいのだけれど。

「おーい」

呆れ返って博士が呼ぶ。

「はいはい」

いつもこんな感じだ。


ノートルダム聖堂を見に行く予定も忘れている。

特に思い入れがあるわけではない。

ただ、あの地でコーヒーを飲むというのなら
まだ分からなくもないという話だけなのだが。

はぁ、いつになるのやら……。

如何せんノートルダムにコーヒーが香るのは、
まだ先のようだ。





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