Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


ホラウティウス

男は浜辺に立ち尽くしていた

彼の名はホラウティウス

ギリシアの将軍である。

私は助手のアルカディウス

彼の身の回りの世話をしている者である。


不意に彼は浜の砂を掴み、

がっくりと浜に両膝をついた。


その精悍な頬に涙をたたえ、

戦死者を弔うのであった。


今回の戦では、

多数の人が死んだ。

彼の叔父・従兄弟・甥

この戦いで戦死した者は多い。

姪も巻き込まれ死んだとか。


彼にとって、死は身近なものであったが

こうも立て続けにこうなると

さすがに堪えるようである。


左手で掴んだ砂を夕陽に向かって掲げ、

戦死者の名前を呟きながら

ゆっくりと浜辺に落とすのである。


彼がこの儀式を始めてから久しい。

最初は側近、次は配下の親衛隊長

その次は私の友人でもあった腹心の軍師……。


ひとたび戦が始まると、犠牲になる者は多い。

いつの世にも、戦は絶えないものである。


ホラウティウスが私に言う。

「なぁ、アルカディウス。

今回の戦死者は何人だったと思う?」

「分かりません。200人ぐらいでは」

私は答えた。


将軍が言うに、

「今回の戦では、大勢が死んでしまった。

前回の戦よりもひどいな。

いい加減政府が方針を変えてくれればいいのだが」


私は言った。

「将軍。言うに事欠いて泣きべそを言うべきではありません。

亡くなった者のためにも、将軍はその両足で立っていなければ
ならないのです」


将軍は、

「なぁ、アルカディウス。俺の儀式までやっちゃいけないなんて
言うなよ。

これは大事なんだからな」


私は言った。

「なぁに。そこまで邪魔する気はありませんよ」


将軍は言った。

「いつかデカい帆船が出来りゃ、

争いなんかない大陸でも見つかんだろうな」


「……」

「将軍」

私は言った。

「常々、思うのですが」

将軍は言った。

「なんだ?」

「こうして、万戦不敗の将軍が

身内の不幸にこうも悲しんでおられるとは

不思議でならないのです」


将軍は言った。

「ふむ」

「だが、アルカディウス。

将軍という地位も

皇帝という地位も

すべては万民の上に成り立っている」


「分かっています」


将軍は続けた。

「今こうして将軍という地位にいるのも、

戦死者が少なくて済んだのも

全部民のおかげだ。

いい加減政府が戦争を止めないのが、

不思議でならない」


私は言った。

「なるほど」

「では、将軍に於かれては……」

と言いかけたところで、

将軍がまた涙を流しているのを見て

思わず口をつぐんでしまった。


どうやら人魚が見えたらしい……。

この人も、“その期”が近くなければいいのだが。

「将軍、それはお迎えではありませんよ」

私は言った。


「おぅ。だが……」

将軍は言った。


こんなに考え込む将軍は

恐らく最初で最後だろう。

ゆめゆめ、戦死者に思いを囚われることなく

戦に励まれますよう……。

私はこう祈らずにはいられなかった。


海岸では、今日も弔いの儀式が続く。

民どもの群れが、亡くなった遺族を偲んでは

思い思いに海岸を歩いては、

遺品の埋葬場所を探していた。


ここシリアの海岸では

他に分かりやすい埋葬場所がなかなかない。


アテネ本土に持って帰るのも苦労するので、

こうして手近な場所に埋葬するしかなかったのである。

私、アルカディウスの手記はこれで終わりである。

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2013/05/07 19:51
おすすめBGM:

http://www.youtube.com/watch?v=1Oc4qgjbmHE&list=FLk4DEsHkGUAswwQdFzXDjjw

冒頭2:35まで。




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