リリー&ジョージ農場物語
- カテゴリ:自作小説
- 2013/05/26 18:55:26
辺りを一望できるこの場所から、
海を見渡していた。
ジョージは馬から降り、
冷たい風に顔をほころばせながら
そっと前へ向かう。
私も馬から降り、
冷たい風に顔をしかめながら
馬から離れる。
ジョージはそっと馬をなで、
待っているように指示をした。
後ろのほうで馬が返事をしたのを
聞きながら、
私たちは前へ歩いた。
イギリス南岸の、
海岸線の高台。
浸食されて崖になったものだ。
落ちて助かる高さではない。
例え水に落ちても、だ。
崩れているか分からないので、
崖から数十メートルのところに近づくのも
おっくうだったが
ジョージがそっと手をさしのべて一緒に歩いてくれた。
ロスで送った夜と似ている。
同じような高台で夜景を眺めていたのだ。
今度は足元がしっかり見えるが、
崖なので恐怖は変わらなかった。
馬が暴走しないか心配だったが、
落ち着いて見守ってくれているので
よかった。
撫でてこなかったのでどうかと思ったが、
落ち着いてくれているのでよかった。
ジョージが指笛を吹く。
飼っていたハヤブサがジョージの腕にとまった。
崖の上昇気流から舞い戻ったハヤブサは
少々やさぐれていたが、
夕焼けのいい景色にご機嫌なようだった。
エサをねだったが、
ジョージは最後の1個だと言って与えた。
本当はもっとあったのだが、いつも彼はこうする。
株と鳥はレバレッジ(てこ)が必要なのだとか。
早い話、エサがなくなったからといって
ついてこなくなるようでは困るから
であったが
彼は恥ずかしさからその話題を出そうとしなかった。
正確には、そういうことは今までなかったのだが
「じじいの言いつけだよ」
彼がいつかそう言ったのを覚えてる。
海岸線の風に煽られ、ときおり彼のハヤブサ
“ミッキー”はよろめいたが
農園に帰るように言いつけられると、
渋々馬の鞍の上に乗って
帰るぞ、と合図しているようだった。
「やれやれ、いちいち腕に乗っていられると
痛くてかなわん」
彼はそう言いたげにぼやくと、
手招きして馬のほうへと誘った。
この海岸線は気持ちいい。
上からの下降気流と、
崖から上がってくる風で
いつも冷たい風が吹くのだが
夕方はなぜが風が冷たすぎないので
こうして馬と散歩するついでに寄るのが
習慣になっていた。
農園暮らしは長い。
いつかこうした暮らしを……と思っていたが、
あっけなく叶ってしまった。
あれは20の夏。
ジョージが誘ってくれたのだ。
一緒で農園に住めば世の中の喧騒からも
逃れられる。
彼はこう誘ってくれた。
喧騒が苦手だった。
だが喧騒が苦手なわけではない。
穏やかならよかったのだが、
こっちの生活のほうがいいと思ったのだ。
果たして、その予感は当たっていた。
こう生活していると、時間の流れも制御できるのだが
何かが欠けていた。
いや、何かが足りなかった。
今度彼に相談してみよう。
何度となく思ったことなのだが、
いつも相談できずにいる。
忘れてしまうのだろうか。
あるいは、言わなくていいと思っているのだろうか。
彼が後ろ手にそっと手を差し伸べる。
私は、それに答えたほうがいいと思った。
この夕暮れの崖の上で、何をやっているんだか。
帰るところは、農場。
また来るときも、出発するのは農場。
この暮らしが悪いわけではなかった。
だけど何かが違う。私は夕闇にそう感じた。
冷たい風が、馬と私たちの間を吹き抜ける。
自然は容赦ない。いつも何かを分かっている感じだった。
“ゴーン・ブル・ウィンド”。地元の人はこう呼ぶらしい。
“水牛を連れ去る風”なのだとか。
いつも思う。イギリス人のセンスはよく分からない。
フランス出身だと野次られてもいい。
私は誓う。ほんとにフランス出身なのだ。
正確には血が入っているだけだったが、
幼少期にはフランスで過ごした時期もある。
生まれたのはウェールズだったが、
この海岸線を見て思い出すのはフランスだった。
もちろん、対岸にはフランスがあるかもしれない。
だが今目の前にあるのは農場だった。
リリー&ジョージ農場。
彼が父親から継いだものだ。
彼の父親が何も言わずに
譲ってくれたことにおどろいている。
むしろ、時流の流れだったのかもしれない。
世話の手がなくなると困るから、
だったそうだが
こんな息子(娘)夫婦に任せていいのだろうか。
子供は期待できない。
だってこのご時世。経済難だった。
いくら農場持ちだといえど、
収支を出すのが精いっぱい。
経済的、というよりは
家庭の雰囲気的にいらないから
だったのであるが
あまり考えられなかった。
どちらの両親も、特になにも言わない。
両方とも、兄弟はいたのだ。
だから心配はいらない。
ジョージが馬を出しやすいように
取り計らってくれた。
馬は窪んだ道につまずかないように、
そっと元来た道を歩き出す。
重い荷物を背負っていたが、
信用さえ勝ち取れれば
誰でも乗せてくれる。
馬のいいところだった。
今は農場の生産だけで
収支に見合う額だけを稼いでいる。
牛の乳などの農産品は、
隣の農場で処理してもらうのだった。
今は外国産に分がある。
ただ売っていれば、やっていける
そういう時代ではなかった。
窪んだ道に、体が痛む。
だけど体が痛まなければ、
馬が苦しんでいるのだ。
どっちもどっち。
農場での暮らしはいつもそうだった。
何かを手に入れれば、何かを与えなければならない。
彼のおばあさんの言いつけだった、そうだ。
今は懐かしいが、うちの農場にいると
それがのしかかってきそうで怖い。
この生活のいいところは、
それが楽しいところ。
よくないところは、
それが優しすぎて時折重荷になることだった。
私を乗せた馬は、いつものらりくらり。
ごつごつとした道を、
障害の多い道を
越えていく。
リリー&ジョージ農場の物語は、まだ終わらない。

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- alfonce
- 2013/05/31 14:09
- 馬だけ~w
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- まいまい
- 2013/05/31 14:06
- 馬~(´∀`*)♪
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