マルケス・デミストリス―憂鬱
- カテゴリ:自作小説
- 2013/06/09 20:29:46
この鐘楼から見下ろす街は
いつもさびれていた。
だが反面穏やかだった。
私はこの街が好きた。
用水路も、雨どいも
6月12日
天気は雨
折しもの雨で
街は水びだしだった。
鳥の雛も歩くのも危うい
母鳥についておいで
と言われて
家の軒先にでも避難するのだろう。
下の連中はいつもワインで
わいわいやっている。
収穫祭だかなんだか
知らないが、
今は6月だ。
何の収穫祭なんだか。
そうやってこきつけて
祭りをするのはいいが、
あいにく思慮の邪魔だった。
ここの国民なら、教会に行くべきだ。
ルターが出て来たって同じこと。
市民の憩いの場は、教会。
ここは旧教会の鐘楼の一室。
去年の夏から借りている。
鐘楼といっても、下の建物がしっかりしている。
どっちかっていうと、3階の部屋だった。
鐘楼(屋根裏部屋)ではない。
エリザがやってきた。
「アルフ、お茶持ってきたよ」
相変わらずかわいい子だ。
「エリザ、ありがとう。
そこに置いておいてくれ」
エリザは束ねた髪をいじりながら
優しく笑った。
この笑顔がたまらない。
僕は笑い返した。
「じゃぁ、またね」
「うん……」
エリザは教会に身を寄せる1人。
もちろん親はいるが、
学校に通うためこうして
旧教会の一室に住んでる。
ここには、他にも2,3人住んでいる。
女っ気だし、あまりしゃべらなかった。
エリザがからかわれるとやきもきしたこと
もあったが、
彼女は彼女でうまくやってる。
彼女の笑顔を見ると安心できた。
ここの鐘楼からは、
ウィーンの街が見える。
机の上に置いたろうそくからは
炎にぼやける遠くの街が映る。
彼女のことは、あまり考えずにいる。
ここの鐘楼にいられると、
すべて忘れられる。
古い椅子が軋んだが、
この街の椅子は頑丈だ。
遠くで雷が鳴った。
エリザがおどける声が聞こえる。
母方の出身はドイツだった。
26のときにこっちに移ってきたらしい。
エリザの母親とは旧知のようだった。
最初は母親の突き合わせだったが、
今となっては、運命としか思えない。
神よ、我らが恋を許してくださるか
神よ、我らが愛がとこしえにあらんことを。
聖母よ、我らが授かりしは愛か。
神父よ、そなたは我らの仲人を引き受給わるか。
今日かいたのは、これだけだ。
書いたというより、走り書き。
これが神学となんの関係があるかというと、
何も関係はない。
だが、下の酒場の女はこれを見せると
喜ぶのだ。
狂喜して騒ぐといったほうが正しいかもしれない。
どっちにしろ、歓迎はされてないと思う。
一回見られただけだったが、
あれは忘れられない。
エリザにも見せたのに、
彼女は笑ってごまかしていた。
そんなことはどうでもいい。
僕の取り扱う範囲は神学だ。
また本を読んで提出しなくてはならない。
先生は、来週にも合格点をくれると
言っていた。
エリザも同じだといいが……。
ふとペンを止めた。
エリザがそこにいる気がしたからだ。
気のせいだ……。
だがこんな気のせいも心地いい。
鐘楼からは雨の降る街が見下ろせる。
雨音に紛れ、筆は快調に進むのだった。