ポルトガルの海の都の路地裏の軒下
- カテゴリ:自作小説
- 2013/06/10 06:58:22
ここ、ポルトガルの首都リスボンでは
斜陽になることも珍しくはなかったが、
民は勤しんで生活していた。
猫もその一部。
裏通りに行くと猫の鳴く声が
にゃぁにゃぁ聞こえる。
先月はマリアおばさんに
魚の煮付け鍋一杯もらったとか
漁師のフィリオおじさんが
捕ってきた魚かご一杯くれた、とか
隣家のマイキィがオレンジを
持ってきてくれた とか
(食べられなかったけど)
そういうことを
口々に話しているのだろう。
やれ漁師のフィリオは
今日も船を漕いで漁だとか
マリアさんは豆を煮ているだとか
マイキィはオレンジを採るのを
手伝わされているとか
そんなことばっか言ってる声が聞こえてくる
気がしてならない。
猫はのん気だ。
裏通りに居座って一歩も動かない。
そのまた裏に行くと、
近所の人にエサをもらって
まるまる太った猫がわんさかいるのだ。
もはや、皇帝と化した猫は
野良猫たちが集まる中心にいる。
おかしいのは、その皇帝が何匹も
いることだ。
憐れな猫たち。
エサを食べさせられすぎたせいで
皇帝と化したのに
自分の不健康さを呪う暇もないまま
せっせと井戸端会議に勤しまなければ
ならないのだ。
フィリオ“おじさん”がマリアに
声をかける。
マリアは私のいとこだ。
「やぁ、マリア。今日も一杯魚が捕れて……」
「あら、どうしたの?フィリオ。
なんか歯切れが悪そうね」
「いやぁ、猫にやる分が捕れなかったんだよ。
最近できた工場の工場長が
魚一杯捕ってこいとうるさくてさ。
大手の漁業者とは契約がとれないんだよ。
大手がダメだからって、うちに堰き込んで
小さい業者に魚捕らせるなんて
むこうも器の小さい男だよなぁ。
こっちは斜陽産業だってのに、
朝から晩まで働かなきゃならない。
おかげでリュートを弾く時間がないよ……」
フィリオ“おじさん”は一通り愚痴った。
そばで猫が不思議そうに
フィリオ“おじさん”を見上げている。
「やあ、フィリオ。
困ったことでもあったのかい。
僕が悩みに乗ってあげようか」
とも言いたげだ。
野良猫たちの井戸端会議が
不思議そうに話し最中の
初老の漁師と近所のおばさんを見つめる。
その中の野良猫の一匹が
「やぁ、こいつらは放っておけ」
といったような気がした。
そういう声が聞こえたような気がしたのだ。
猫の声なんて分からないが、
短く一声「にゃぁ」と吠えれば
だいたい「飽きた。放っておけ」の
声に聞こえなくもない。
猫の声を翻訳し始めてから久しいが、
今度街新聞で猫の声っていう
コーナーを作ろうと思ったほどだ。
「やぁ、ディオニス」
マリアが声をかけてくれた。
「やぁ、マリア」
「最近は新聞もあがったりそうだね」
「うん、だからうちの工房で働いて稼いでるよ」
「近所のガキは、働きに来てくれるかね?」
「いや、あがったりだよ。
奴らは漁に行きたがるしな。
海の魅力は、やつらから切って放せない
んだよ」
マリアは答えた。
「やっぱり、海はロマンかねぇ」
「植民地時代からの、心得だよ」
ポルトガルの国といったら
インドからコショウが入らなくなったのに
未だに植民地領主気取りだ。
ロクに海外領土を取れなかった上、
今では列強の争いに
巻き込まれている。
今日も晴れ日の軒下を悩ますのは、
路地裏のネコとポルトガルの
身の上話だった。