Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


ハイゼンベルグじいさんの思いつきⅠ

ジョディー=ジョシュア・ハイゼンベルグは82歳だった。

夕暮れのキャプションを
手のフレームに収めると、

満足そうに笑い
ワインのグラスに口をつけた。

「おい、レベッカ。

ワインが入ってないじゃないか」

「それくらい自分で入れてよね」
レベッカはそういいながら渋々
ワインを注いだ。

「おぅ、いいね」

ハイゼン氏は満足そうに微笑むと

私にグラスを向けた。

「グラッツお坊ちゃんに乾杯!」

「あはは……」

私は呆れてしまった。

82歳のご老体が夕暮れにワインである。
酔って上機嫌で世話役に
乾杯するのだから
笑うしかない。

私は飲まなかったが、
レベッカもムスッとして
脇でワインを飲み始めた。

ボトルはほぼ空である。

夕暮れにワインをかざしながら、
ハイゼン氏はこう言った。

「グラッツィオ。光のスペクトルは
どうなっていると思うかね?」

「はい……それは」
私は口をつぐんでしまった。

ご老体は今にも倒れそうなくらい
ワインで体が真っ赤である。

酔ってんだか酔ってないんだか
まったく分からなかった。

答えないとグラスをひっくり返されそうなので
あわてて答えを考える。

「たぶん……こうじゃないでしょうか」

テーブルの上に砂をぶちまけ、
空いたスペースで図を描いた。

「分からんな」
書いた図が分かったのか読めなかったのか
適当とも思える口ぶりで

ハイゼン氏は答えた。

私が書いたのは
水滴から延びるスペクトル線

ちょうど光が水滴を通過した図である。
プリズムと言ってもよかったが、

82歳の“識者”には
ちょっと雑過ぎたかもしれない。

「おい、若いもん。

これはなっとらんぞ」

「なにがですか?」
私のはぐらかし具合を
老人は見抜いているようだった。

「こうじゃないか」
老体は図に2,3本線を書き足した。

なるほど、素粒子とやらの
線だ。

さしずめ放出されている。

この年齢で、と思ったが
レベッカがすかさず

「おじいちゃん、やりすぎよ」
たしなめた。

「だいたいね、若いお手伝い相手に
素粒子の線なんて

いくら研究生だからって
分からないわよ。

だいたい、世話役に
こんな難しい問題出したって
しょうがないじゃない」
レベッカは言いまくし立てた。

ハイゼン“じいさん”は
苦りきった顔で

「ふむ、仕方ないな……」

ため息まじりに

「じゃ、書庫の中は見せてやらん」
と、一言だけ言った。

言い放った。

悔しかった。

なんのために世話役をしているのか、
分からなくなった。

今日は引き上げよう。

そう思った。





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