Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


プロメテウスⅠ

スルスルとロープを伝う音が、
暗闇のネズミを追い払った。

イラク某地の市街地にある、
この古びた用水路は

たびたび潜入捜査に使われてきたものだ。

今回の任務は、書類の回収。

背後では、海軍シールズの部隊員が
1.7m後ろで退屈そうな顔をしていた。

アルファ攻撃隊の部隊員8名は、
私“工作員”の護衛として

この用水路の“地下探検ごっこ”に
付き合わされていた。

退屈そうな“ジャッカス”が
カービン銃を用水路の出口あたりから覗かせ、
取り付けのナイトビジョンで周囲を観察した。

「クリア……」

見張り番の“ロメオ”がスポットペンライトで
一番後ろのシールズ隊員と、
その後ろで連絡役をやっている
海兵隊員に合図した。

任務は、“逃走した”
現地CIA工作員の所持していた書類を、

回収、あわよくば焼いてしまうことだった。

もちろん、軍上層部には回収としか
伝えられていない。

焼き払えるのは、私と海軍部隊の“隊長”
だけだった。

「早く行け」―

シールズ隊員“エース”が急かす。

上空では友軍のヘリコプター、
ブラックホークが旋回していた。

ここは制圧された地帯にほど近い場所だったが、
工作員が書類を放棄したとあって

前線任務に駆り出されたのだ。

足音は湿った用水路とその出口の
土で、ヌチャヌチャと音がした。

「暑いな」―

3つ後ろのシールズが
ボヤいた。

付近で警戒するM1戦車が、
拡声器で住民に退避するよう警告していた。

攻撃に見せかけた潜入である。

もちろん、この40分後には
制圧作戦が開始される。

今回の任務はおそらく
CIA副長官の肝いりだったのであろう。

わざわざ、攻撃前に回収するのだ。

書類の価値は計り知れない。
諜報任務、ではなかったが

「味方」の回収は
情報局のメインの任務である。

制圧予定区域ということで
海軍特殊部隊が護衛に同行するわけだ。

彼らはこの後、
地区周辺の任務に当たるらしい。

帰りはバンのなかで一人ぼっちだ。
まぁ、慣れたものだったが
できれば女性諜報員と一杯やりながら
装甲車“キャデラック”で帰りたいものだ。

私の装備はスニーキングウェアに
ホルスター、

コンバット装備だった。

サプレッサー付きハンドガンしか
もっていなかったが、

(愛用のSOCOMmk.23は壊れたので
あいにく同僚から借りた

P223を利用していた)

窮地で旧知の愛銃を借りるのは
プロの間では“習わし”だった。

好んで仲間の銃を借りる連中もいるが、
後ろの“アザラシ”ことプロの前ではご法度らしい。

任務前に本番には自分の銃を使えと
たしなめられた。

愛国者の銃とはよく言うが
俺のは“仕事愛”の銃だった。

給金だけが恩を払う。
さもなければ、こんな仕事はしていない。

森林警備員で熊の遊び相手をしていても
事足りるだろう。

それに、俺はハンドガンが嫌いだった。
数年前に、任務中に敵の兵士が
司令官に撃たれるのを目撃したのだ。

それも、叱責まがいの拷問だった。
それを見てから、おおむね護衛用とも
思えない銃に嫌悪感が差していた。

安全装置に手を掛けた。

“アザラシ隊”隊長が全員に合図を出し、
安全装置をOFFにしろと手で示した。

今回は出来れば撃ちたくない。
だが、敵に遭遇すれば
撃たざるを得ないだろう。

愛国者の銃は、
敵の愛国者を撃つものだ。

今回はおそらく、
というか確実に狂信者を撃つわけなのだが

この戦争に参加している米国人も、
さしずめ狂信者、だろう。

もっとも、プライドであって
宗教ではないのだが。

こういうプロになると、
信念の話は特に関係ない。

銃が信念なのだ。
弾丸だけが給料を払ってくれる。

先に敵に撃ちこんだほうの勝ちなのだ。
警察とは違い、国は給金を払ってはくれない。

世界の警察というが、
俗にこれは泥仕事だと思う。

ネットをハックしてようが、
辺境で国境をハックしてようが

荒廃した地で敵車両を吹っ飛ばしてようが

全部おんなじ部署の仕事である。

警察とは笑いものだ。
下水掃除というべきだろう。

さて、―――

予定の建物の目の前の道路は、
海兵隊の防弾車両が固めていた。

もちろん、スパイ用の偵察見た目“民間車両”だった。
遠くではハンヴィー多目的車両が見える。

制圧の準備に、
街路を固めているのであった。

付近の街路灯は壊れかかっていた。

逆に、切れていると問題なのである。
暗視装置をつけたままでは、
狭い場所の偵察には向かない。

今回の建物は割合、
「豪邸」だったが

ほとんど爆撃で壊れた建物なので
壊れた地下用水から侵入できる。

身体能力が問われる任務だったが、
軽装備なのでそれほど気にならない。

“隊長”に合図して
脇の用水路に入り、

そこから地下に向かった。

後ろから隊員が一人ついてくる。

残りは表で様子見だった。

「エコー46、街区の電気を消せ。

敵を引きつける」

ついてきた“アザラシ”が
司令部に伝達した。

暗視装置は大丈夫か?―――

その隊員が目で合図した。

暗視装置を使える状態にして
合図し返す。

早足で用水路を駆け抜け、
「目的の地下」に到着した。

ここからは一人だな。―――

隊員がそう言っているようだった。

目で合図して壊れた建物に
地下から入る。

その隊員は足早に物陰へと隠れた。
建物の明かりは消えていた。

手入れ不足で、
電気は一部ついたままだったが

暗いのでやすやすと入れる。
隣と向こう隣りの明かりがついていて、

動くと若干影がちらつく程度だったが
かがんでいれば問題ない。

壊れたコンクリート製の床の上端に
手をかけ、

駆け上がって足音を立てないように
壁伝いに目的の部屋へと向かった。

通話記録や、予定書きから
書類のある位置は“分かっていた”のである。

もちろん、予定外なら探さねばならない。
それが無理なら、爆撃で建物を“壊す”しか
なかった。





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