ふと氷の隙間から、
テディベアが顔を覗かせる。

一緒に小さな星条旗が
埋められていた。

前の調査隊のものなのか、
あるいは誰かが持ち込んだものなのか

それは分からなかった。

それをそばで見ていた
ジョージが、

「これは、なんだ」
と言った。

見ると、

「メアリーから
南極の精さんへ」

と書いてある。

ここは北極だが
たぶん父親が伝え間違えたのだろう。

こんなものが埋まっているとは、
とジョージは怪訝な顔をしていた。

氷に埋まっていたが、
たぶん数年前のものだろう。

ほとんど変色していない。

前の調査隊のものだから、
あまり触れない方がいいだろう。

「協定違反だ。ゴミは持って帰ろう」
ジョージは言った。

「私物だから、別にいいだろ」
ケビンは言った。

「チーフ、持って帰るか？」
ケビンは私に聞いた。

「いや、いいだろう。

こんなものはどうでもいい」
私はそう答えた。

見ると、相当大切なものだったらしい。
特徴では表せないが、
なんとなくそういう雰囲気がする。

星条旗に
テディベアを包んであったら
おもしろいのに、

と思ったが、

テディベアは白くないし

星条旗に
包まれてはいなかった。

アメリカに母性があるとしたら、
このテディベアは殉職だが、

たぶんこのテディベアは
合衆国のものじゃない。

星条旗に包まれていないのだから、
星条旗と殉職したクマであって

アラスカで猟師に撃たれる
グリズリーとなんら変わりない。

むしろアメリカ人の胃袋に入ったのだから
感謝すべきだ。

よってこのクマは
殉職したアメリカの北極調査隊ではなく

むしろ氷に埋められた
調査隊の遺物とも言える。

「考古学的価値は？」
ジョージが聞いた。

「ゼロ」
ケビンが答える。

「チーフはどう思う？」
ジョージが聞いた。

「おもちゃ博物館
北極支店を建てるべきだな」
私は言った。

「で、本音は？」
ジョージがふざけた。

「未来人に拾われるのが
オチだな。

“200年前は
調査隊はぬいぐるみだった”、てね」
私は言った。

「星条旗を埋めるんなら、

自由の女神も入れないと」
ジョージは言った。

「アサルトライフルが
埋まってるよりはましだよ」
ケビンは言った。

「女の子が銃に興味持つと思うか？」
私は言った。

「200年前のアメリカは
愚かに子供にまで戦争をさせていました、オーバー」
ジョージは言った。

「星条旗じゃなくてテディだけでもよかったのに」
私は言った。

埋められたテディベアは
おそらく母性のある子供から
母性のない母親に贈られたものだ。

未来の人類が掘り起こして、
きっと子供に渡すのだろう。

「イギリス人が来て
掘り起こさないといいな！」
ジョージがおどけた。

「おそらく掘り起こすならアジア人だろうな」
私は言った。

「インチキ韓国人か」
ジョージは言った。

「いや、中国人が掘り起こして
オークション行きだな。

25年前のものです、って」
私は言った。

ひどいことを言ったもんだ、
と私は思った。

北極に埋まったものは、
政府の管理下になる。

もちろん、北極に関する協定は
策定中なので

置いとくのが一番だろう。

アジア人が来て掘り起こさないことを
願った。

アメリカ人は、埋まったテディベアなど
掘り起こさないだろうから。