Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


砂漠のバラ 1

エリザベス・バケトスは
台所で食器を洗っていた。

茶色で、巻いた髪。
緑と褐色の混じった瞳に、

中米特有の西洋人に似た
アジア系の顔。

アンジェリーナ・ジョリーに
ダコタ・ファニングを足した感じの
(といっても年齢差は結構あるが)

いわゆるコロンビア美人だった。

「エリー、食器洗いは終わった?」
たまたまうちに来ているいとこの
アリーが聞いた。

まだ、8歳のガキだというのに
やたら口は達者だ。

「まだよ。もう少し」
エリザは不機嫌に口をきいた。

「もうちょっと待っててね。おじさんを送り出さなきゃ」
エリザはそうニヤけると俺のほうを見た。

通りでは女子高生ぐらいの
16~17歳の女子三人組が、

あるいはそのあとからついてきた
二人も含めると五人組か、

うちのベランダのほうを見上げながら
なにやらにぎやかに通り去った。

「アレック。今日もまた仕事なの?」

「ああ、最近のはデカいヤマなんだ。

おっと、ガキがいたな。こいつは言えねぇ」

アリーは意地悪く笑うと、
「教えてよ、おじさん。なになに?」
とニヤけて笑った。

「ガキには内緒だよ~」
俺は意地悪く言った。

「で、いつ帰ってくるの?」
エリザは聞いた。

「ん~。昼過ぎには」
俺は答えた。

武器のブローカー。
これが仕事と言えるのなら、
立派な仕事だった。

仕事は場所を選ばない。
風体さえ気にしなければ、
どんな仕事も可能なのだ。

「マイクとブスケスが
家尋ねてきたら、

“包丁は二階のベットに”

とだけ言っておいてくれ」

「まな板はキャビネットの上ね。
分かってるわ」

エリザは小気味よく返事した。

「あいつらにキャビアはくれてやれねぇ。
それだけ言っといてくれ」
俺はエリザに言った。

「分かったわ」
エリザは短く答えた。

「おじさん、今度銃撃たせて」
アリーは意地悪く笑って言った。

「だめだよ。それにおじさんは銃撃たないから」
俺はアリーに意地悪く言った。

「じゃぁ、腰のそれはなに?」
アリーは俺の腰を指さして言った。

「これかい?スパナだよ」
腰からスパナを取り出して
くるくるもてあそんで言った。

「おじさんの仕事は機械の修理も
しなきゃいけないから、

こういうのがいるんだよ」
俺はそう言った。アリーはしたり顔だった。

「じゃぁ、帰ってきたら今度サッカー教えてくれる?」
アリーは無邪気に聞いた。

「ああ、いいとも」
俺は小気味よく返事した。

ちょうどその時、
家の前の通りで男が小さく悲鳴を上げる声がした。

と同時に、バシュっという2,3発の音が響いたと
思うと、

通りで男が前のめりの倒れて、
ガタッという音がした。

「アリー、隠れてろ」
俺はそう告げると、

置いてあった電話置きの家具の裏から
銃を取り出した。

「エリザ、アリーを見ておいてくれ」
俺はエリザにそう告げた。

「分かったわ。怖くないわよ」
エリザはアリーに言った。

ふと、家の前をスポーツタイプの
ワンボックスカーが通り過ぎた。

あまりにも急に通ったから、
そうとしか見えなかったが、

ちょっと表の通りを覗いてみたら、
案の定男は倒れていた。

血だまりができている。

後ろから撃たれたのだろう。
あまり死に顔を見たいとは
思わなかった。

撃たれたのは
敵ブローカーのマイケルだった。

中南米人だがアメリカの売人と
よく取引をしていた。

反政府組織の
“コロンビア革命組織”によく
出入りしていたようだが、

政府系マフィアと警察裏組織の
ブツを革命組織にバラしたとかで、

狙われているという話だった。

わざわざうちの前で死ぬなんて。

ライバルだったが、ここは
何も知らないフリをした方がよさそうだ。

「エリザ、アリーを返すときは
裏道から行けよ」
俺はエリザにそう告げた。

「分かったわ」
エリザは短く返事をした。

「おい、アレック。来てくれよ」
通りで向かいの自動車修理工の
マルケスがこっちに向かって言った。

作業着に白Tシャツという出で立ちの
マルケスは、

血の広がった地面を指差して言った。
「こいつは警察に任せたほうがいいのか?」

「ほっといてやれ」
俺は死んだブローカーを
生き返らせたくはなかった。

もっとも、通りはまだ危ないし
大事な救急車が

武装組織に襲撃されないとも
限らない。

眠った奴は寝たままにしておいたほうが
よかった。

そうするほうがよかった、と思ったのだ。

「マルケス、パーティーが始まるぞ。

家でタバコでも吸ってろ」
俺は道の向こう側に向けてそう言った。


「あいにく、俺は吸わないんだ。
酒ならやるがな」
マルケスは愛想たっぷりに意地悪く言った。

と、血だまりを指差して
「警察はまだか」
と言った。

「助けはこない、たぶんな」
俺はそうあしらった。

仲間なのか、
2,3人の男たちが
がやがや騒ぎながら

その倒れた男を運んでいった。

マルケスは、
「クソ野郎どもめ!」
と怒鳴りつつ、

「ロクなことねぇや」
とぼやいて家に引き下がった。

後には血だまりが残った。
そして男の持っていたと思われる
なにやら紙も。

近づいてみると、
それはタバコの箱だと分かった。

血はついていなかったが、
中からでた紙切れには

その敵ブローカーの仲間のものと
おぼしき筆跡の

メッセージが入っていた。

こいつは……。

俺は思った。

「やっぱり、あいつか」
俺は小声で独り言を言った。

「クソ野郎どもめ!」
マルケスはまだ怒鳴っている。

さっきの一味とおぼしき男たちが、
車から降りてきてがやがや騒いだためだ。

「おい、撃たれるぞ」
俺はマルケスに届くように言った。

「大丈夫だ。叫んでるとしか思われてない」
マルケスは開き直った。

バスケス・トゥメリク

あの紙にはそう書いてあった。
あの敵ブローカーの名前だ。





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