Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


古楽器店の、古ピアノの〈読み切り〉

古い楽器屋の階下には、
ピアノが置かれていた。

古い、さしずめ50年もののピアノである。

「ジョージ、あのピアノどうにかしないの?」
私は彼に聞いた。

ジョージは夫でこの店の番だ。

オーナーは私の姉がやっている。

この子からすると……伯母だった。

「ねー、そうよねー」
私は8歳の息子を撫で、
そう言った。

「ねぇ、ママ。
こんなところお客さん来るの?」
テッドは退屈そうに聞いた。

「知らないわよ。お父さんの店ですもの」

「ふーん」
テッドは答えた。

「どうせ、また気違いな客でもくるんでしょうよ」
私は言った。

「お客の前で、それは言うなよ」
ジョージは笑って言った。

「商売なんだからな」


「はいはい、分かってますよ」
私は言った。

「まったく、土曜だってのに誰も来ないんだから」


「ママ。こんなところに居ていいの?」
テッドは私に聞いた。

「お客さん?来たら挨拶しなね」
私はテッドに言った。


ここでは、時間がゆっくり過ぎる。
姉が父のそのまた父から受け継いだ
この楽器屋は、

ちょうど100年が経つころだった。

あのピアノの持ち主……。

そう……私の父だった。
ピアノの教師と傍ら調律師をしていたが、

父がいなくなってというものすっかり
手入れされていなかった。

もちろん、ジョージは手入れしている。
だが、本格的に手入れはされていない。

古いピアノなんだし、
誰かに体よく引きとられなければ、

処分に出してほしかった。

「ねぇ、あのピアノ邪魔じゃない?」
私はジョージに聞いた。

「もっといいピアノ並べておいたほうが……」

「ん~。店に置いておくには、
ちょうどいいんだけど」
ジョージは言った。
あご髭を撫でで、マクシミリアン1世のようだった。

「あの肖像画に似てる」
テッドは壁に掛けられた
マクシミリアン1世の絵を指差して言った。

「そうね」
私は相槌を打つ。

お客が来た。

私は挨拶して迎える。

ちょうど同じぐらいの夫婦と、
同じくらいの娘が連れられて

やってきた。

「ハイ―」
テッドは小さくその娘さんに挨拶した。

「うん」
その娘さんは言った。

「マリアよ―」
その奥さんは娘さんを指して言った。

「8歳」
マリアは言った。

「うちの子も、8歳ね」
私は言った。

「よろしく」
テッドは言った。勇気があった。

「このピアノ、古いわねぇ」
その奥さんは言った。

「そうですね、うちの父のピアノなの」
私は言った。

「なにか御用で、マダム」
ジョージは海軍口調で言った。

―あれ、海軍入ってたっけ。

「このピアノ、興味あるわ。

その、アンティークとしてね」


「この奥さんお金持ちよ。

こういうのがお金持ちって言うの」
私はテッドに耳打ちして言った。

「うん」
テッドは言った。

「あの子お金持ちの娘っぽくないけど」
テッドは続けざまに言った。


「ママ、新しいのがいい」
その子は言った。

「ピアノですか?バイオリンですか?」
ジョージは尋ねた。

「この子が何やりたいか分からなくて……。

まだ決まらないの」
そのお母さんは言った。

「バイオリンだろ」
父親は言った。

「この前そう言ってたんだ」
奥さんに耳打ちするのが聞こえた。

「両方ともやらせてみては?」
ジョージは提案した。

「もちろん、値段的には厳しいかと
思いますが」
ジョージはせき込んだ。

「入門用のやつもあるんですよ。

バイオリンはそっちにされたら
どうですか?

安いキーボードもあるんですよ」
ジョージはそう言ったが、

聞き入っているのは旦那のほうだけで
奥方は“アンティークの”ピアノに見入っていた。

「これ、家に置いておきたいわねぇ」
その奥さんは言った。

「おい、マリアの楽器見に来たんだぞ。

クレジットバイするためじゃない。

早く決めよう」
その旦那はいかにも時間がなさそうに言った。

もちろん、クレジットバイするんだろう。
言わなくても分かってる。

クレジットカードはクレジット会社の手先だった。

どんなものでも買ってもらえるが……

クレジットでお客が買ったものは
私のお小遣いには入らないのだ。

私のに入らないということは、
テッドも滅多にもらえない。

どうでもいいような顔をしているが、

目の前では大金がやりとりされているんだぞ、
とジョージに言ってやりたかった。

「ごゆるりと、どうぞ」
ジョージは穏やかに言った。

「このピアノ……」
ご婦人はまだ見入ってる。

「じゃぁ、これを―」
その旦那は250ユーロの
バイオリンを手に取ると、

これでいいかい?と
マリアに確認しながら
クロークへ持って行った。

「じゃぁ、大事にしてくださいね」
ジョージは青年のような顔に
似つかわしくない

優しい声で言った。

「ジェントルマンさん、ありがとう」
マリアという女の子は元気に言った。

「テッド、ここは出番じゃないわよ」
私はテッドに言った。

「手入れに来たとき、声をかけるべきね」

「何言ってるの、ママ」
テッドは奥の家に引っ込み、
ピアノの練習をする準備に
取りかかろうとしていた。

「あ、いや……なんでもないわ」
私は自分にあきれて、
テッドの背中を押しながら

「ピアノやってくる」
とだけジョージに言い、

引き取られなかったピアノを見遣りながら、
(さっきの奥さんが直前まで嗅ぎまわっていたのが
見て取れる)

離れへと続く父の肖像画に
「また引き取られなかったわよ」
とだけ声を掛けた。

〈Fin.〉

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2013/07/14 16:36
ありがとうございます♪
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2013/07/14 12:29
残ってヨカッタ(´∀`*)♬
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2013/07/14 12:28
読み終わった後の余韻が心地いいです
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2013/07/13 21:28
ありがとうございますb

褒められたのは久しぶりですねb
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2013/07/13 19:32
 おお!

 とっても完成度が高いですね^^

 世界観がとても良いです^^




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