Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


もう一つの夏(読み切り)

窓辺には、紅茶が香っていた。

8月の、いや7月の窓際。

下では、通りの夏祭りの音が聞こえる。

太鼓・笛・気勢。

退屈そうな横顔が、
ふとこちらを見た。

「ジェニファー、この街は何回目?」
日本人よ。バカにしないで。

彼はふざけて呼んだのだ。
後で……後悔する。

「バカね」
肘打ちして、彼は紅茶を噴き出した。

「自分で拭きなさい、ほらっ」
私はタオルを放り投げた。

「ドクター・ストップ」
彼は言った。

はっ。おもしろい。

「口が腫れる。治して」
彼は幼稚園児?みたいに言った。

「アホか」
私は彼の頭をはたいた。

この紅茶の味は、天国の味。

彼はそうだったから、甘えたに違いない。

砂糖を入れ過ぎたのかな。
彼は甘え過ぎだ。

「祭りいかないの?」
彼は聞いた。

「自分で行けば?」
私は言った。

「もう、うんざり~」
私は立てつづけた。

「あのね、自分で行ったらどうなの?」
私は彼に言った。

彼は、目が点になった。

「そりゃ、あんたが楽しそうだから
いままで控えてたのさ」
彼は言った。

「そう、そうならいいわ」
私は言った。

「好きになさい」
私はそう言った。吐き捨てた。

「クッキー、あったっけ」
彼は言った。

「あるわ、冷蔵庫」
私は指差した。

「違った、そこの棚」
木で出来た二段の棚を指差した。

彼は背をかがめてそのクッキーを取る。

「私にちょうだい」
私は言った。一口かじる。うまい。

「そういう顔見てると、幸せになれるよ」
彼は言った。

伊達に彼女してるわけじゃない。

女なんだから、たまにはそういう目で見てよ。

言いたかったが、口をつぐんだ。

「それで、祭りには行かないの?」
彼は聞いた。

「ううん、行かない」
私は言った。

「この場所で見てると、すべてが見渡せそうだから」
私は、4階から見える景色を指差して言った。





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