もう一つの夏(読み切り)
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/19 20:24:39
窓辺には、紅茶が香っていた。
8月の、いや7月の窓際。
下では、通りの夏祭りの音が聞こえる。
太鼓・笛・気勢。
退屈そうな横顔が、
ふとこちらを見た。
「ジェニファー、この街は何回目?」
日本人よ。バカにしないで。
彼はふざけて呼んだのだ。
後で……後悔する。
「バカね」
肘打ちして、彼は紅茶を噴き出した。
「自分で拭きなさい、ほらっ」
私はタオルを放り投げた。
「ドクター・ストップ」
彼は言った。
はっ。おもしろい。
「口が腫れる。治して」
彼は幼稚園児?みたいに言った。
「アホか」
私は彼の頭をはたいた。
この紅茶の味は、天国の味。
彼はそうだったから、甘えたに違いない。
砂糖を入れ過ぎたのかな。
彼は甘え過ぎだ。
「祭りいかないの?」
彼は聞いた。
「自分で行けば?」
私は言った。
「もう、うんざり~」
私は立てつづけた。
「あのね、自分で行ったらどうなの?」
私は彼に言った。
彼は、目が点になった。
「そりゃ、あんたが楽しそうだから
いままで控えてたのさ」
彼は言った。
「そう、そうならいいわ」
私は言った。
「好きになさい」
私はそう言った。吐き捨てた。
「クッキー、あったっけ」
彼は言った。
「あるわ、冷蔵庫」
私は指差した。
「違った、そこの棚」
木で出来た二段の棚を指差した。
彼は背をかがめてそのクッキーを取る。
「私にちょうだい」
私は言った。一口かじる。うまい。
「そういう顔見てると、幸せになれるよ」
彼は言った。
伊達に彼女してるわけじゃない。
女なんだから、たまにはそういう目で見てよ。
言いたかったが、口をつぐんだ。
「それで、祭りには行かないの?」
彼は聞いた。
「ううん、行かない」
私は言った。
「この場所で見てると、すべてが見渡せそうだから」
私は、4階から見える景色を指差して言った。