Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


ブロックス・シュミット―石の剣2

アリスは、夕飯を食べながら言う。

「ねぇ、ジョエル、剣が床に引っかかってる」

アリスは笑いながら俺の剣を指さした。

鞘に入った細身の剣はテーブルで動くたびに
それに合わせてコツコツ鳴っている。

「いいんだよ、別に」
俺はふてくされて言った。

「化け物が床を鳴らすより……ましだろ……?」

「あらいやだ、夕飯時に何言うの。
まずくなるじゃない」

シンディは機嫌が悪そうだった。

アリスと俺がくっついて食事しているためだ。

“男一人と女三人で旅するなら、バランスは大事でしょ?”

シンディの目はそう言いたそうだった。

もっとも、それは合っている。

内事に関しては、
シンディに口出すことは一切ない。

もっとも、彼女がそれだけ切れるからだ。
冴えるというより、見透かすと言ったほうがいい。

こっちが理論でしっかり考えても、
彼女はプレ・ビューで見たものを返してくるだけだった。

だから、俺が彼女を信頼しているうちは
彼女のプレ・ビューも正しく、

わだかまりが生まれたら、
それだけ彼女の未来も曇らせてしまうだろうし、

俺の未来も曇る。
いわば相互ヘッジ状態だった。

ヘッジとは、商工業者組合がやる
「組合員なら、連帯責任」

というやつである。

そうして小さな街の商工業ギルドは
旅人にも交易商にも影響力を発揮してきた。

それで旅の雑貨屋も儲けているのである。
だから俺は何も言わない。

商工業の組合員は、いつも連れ立って動いている。
誰かに襲われたり、はぐれたりしたら、

親方に報告するためである。

たまに魔物、

少なくともお宝目当てのトレジャーハンターや
旅の冒険家など

ひとたび街を離れると郊外なら危険は多い。

商工業者が逃げるのを防ぐ、ためではなく
身の危険や数を管理するために

連帯責任、いや連帯行動というのは存在しているので
あった。

まぁ、話はこれくらいに……。

「アリス、昨日の剣の錬成、
うまくいったみたいだぞ」

「昨日じゃなくて、今日だけど」

アリスは笑って言う。

「なんかこう、軽いんだ。
あと、柄のツヤがいいだろ。

ありがとうな。おかげて使いやすくなったよ」
俺は礼を言った。

「まぁ、使わないことを願うしかないわね」
アリスは皮肉っぽく言った。


―――

「夕飯、おいしいね~」

「ね~」

相変わらず、シンディとムーサは
夕飯に食らいついて、いや

楽しそうに夕飯を食べている。

こっちで話していることなんか
そっちのけだった。

もっとも、旅では
まともな夕飯にありつけないこともある。

夕暮れまでに街に着けないと、
夜中に宿屋の飯を食うことになるからだ。

小さい街では、夕飯時に遅れると
食べるものが少なくなる。

もっとも、客が少なく材料が残っていればいいが
今いるキイナーレ地方は夕飯は全員で食べるという風習だったから、

遅れると食べるものがないのだ。

もっとも、夜に魔物がでる
という認識のこの地方では、

身を守る上では役に立つ風習だった。

旅人なんてしてなけりゃ、
夕飯は一緒に食べたほうがいい、

なんて言っていただろう。

もっとも、今の生活は別。
楽しい旅だった。

だから旅人でもない。

旅人は行き先を求めるのだ。

俺らが求めているのは、そう
旅をすることである。

だから、目的が旅だから、
行き先はどこでもいい。

もっとも、目的探しの旅といってもいいかもしれない。

船に積み荷を積んで、
航路を巡る旅でもよかったかもしれない。

ただ、この大陸近辺の航路は未発達。
未確認の航路も多い。

旅して危険にあたるより、
実があったほうがいい。

ぶどう園を一から作るよりも、
リンゴを収穫したほうが楽なのだ。


―――

「ジョエル、行くよ」
アリスは元気そうに言った。

元気そうに、というのは
笑顔がほころんでいるからだ。

こんな笑顔、久しぶりだな。

そう思った。


ガシャッ―。

宿屋の外で、物音がした。

剣の刺さる音と、魔物のうめく声。

それから、数人の男たちの声がした。


ウゥゥゥ……。

魔物は息絶え、うめいている。

力なくだらんと地面に伸ばされた足は、
半開きになった口と、好対照だった。

「また出おったぞ。今回は仕留められてよかった」
男の一人が言った。

「ったく、旅人もいるってのに、なんで俺らがやらなきゃいけないだ」

「仕方ないさ、ここらでは客人だからな」
細身の、でも筋肉質な男のほうが言った。

「そこの旅人さんよ」
さっき愚痴った男のほうが言った。

「ちょいと、調べてもらえないか。

どんな魔物か」

旅人は魔物に詳しいといわんばかりの、
そんな頼みだったが

まぁ、確かに詳しくないやつはいない。
旅人は魔物と2,3回遭遇したことがあるのが
普通だった。

「ちょっと待ってくださいね。

アリス、こっちへ」

「やだ」

「え?なんで」

「だって知らない男の人」

「そっか」

仕方なくシンディが出てくる。

もちろん、髪は隠してたが
フード状の被り物からは

月明かりに白い肌と
わずかに黒い髪が覗いていた。

「よう、ねぇちゃん。こいつはどんなだい?」


「鳥なら、仲間が来るし、手におえないだろうけど
これははぐれたみたいね。

手なづければ、番犬にもなるかも」
シンディは考え込んで言った。

「番犬?そりゃおっかねぇな……」
さっき聞いた男は若干うめいた。

「グリ・デピスだな」
俺は一息ついた。

「夕暮れから、夜にかけて行動するやつだ。

夜中は行動しないから、
安全だけど

牙に特殊な成分があるから、

かまれたら腫れるだろうな。

もっとも、致死性はないけど……」

俺は続けた。

「街中では単独行動するだろうけど、

野で襲われたら危険だ。

群れで動くから、そのうち追い込まれる。

まぁ、人間は食べたりしないけど
魔物だからなぶり殺しにはなるだろうな。

ちなみに、こいつは喋れる種じゃないから、
交渉も利かないし」

最後の2,3文は、シンディと被っていた。

思わず、クスッっとシンディが笑う声がした。

「まぁ、なんだ。やっかいだけど危なくないんだな」
さっきの愚痴の男は言った。

「ともかく、なんでこんなのが街に出てくる?」
細身の男は言った。

「商工業者目当てじゃないかな」
俺はボソッと言った。

「なんだって?」
細身は聞きかえした。

「話を聞こうじゃないか」
主人格の男は言った。

さっきから黙って聞いてた人だ。


―――

「で、その。

商工業者のよく持ってる玉が目当てなんだな?」
男は続けた。

「あぁ、そうだよ。たぶんな」
俺は言った。

「宝玉は、魔物の親分も集めてるって噂だ。

触媒なんかは、おそらく魔法使いなら欲しがる。

野じゃあんまり手に入らないから、
そうやって魔物に集めさせるのさ」

俺は続けた。

「もっとも、魔物に襲わせたって
そこまで度胸があるとは思えないし、

群れで狩りするやつだから
街じゃ孤独だろうな」

「詳しいんだな」

「旅人の受け合いさ」
俺は素っ気なく言ったが、

実は相当詳しくないと知らないことだった。

なんせ、相手は魔物だ。
首を突っ込んだら、どうなるかは分からない。

「おそらく、魔物を操っている誰かがいるはずだ」

そういう話に終わった。

―――

「ありがとう、いろいろ話を聞かせてくれて」
親方と見られる男はそう言った。

「いや、でも大変だったよ。
魔物狩りをするなんてな」
親方は笑って言った。

「剣の筋があるなら、鍛えておいたほうがいいですよ」
そう言い残し、俺らは宿に戻った。


「え?なんかあったの?」
アリスは呑気にカードでもして
ムーサと遊んでいたようだ。

「旅人はあまり好かれないのかな」
シンディはちょっと沈んで言った。

「ん?なにか感じた?」

「いや、別に」

何かを察したようだが、
偶然だということを願った。

こういう時の勘は、よく当たるのだ。





Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.