Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


【小説】影の男

ロマのコンドミニアムの5階には、

二人の男が顔を出していた。

ラウンジから見える夜景には
二人の影はよく溶け込んでいる。

フードを被ったほうの男が言った。

「もうすぐだな」

もう一人の男、
すなわち私だ。

私はこう言った。
「えぇ、マスター。
もうすぐですね」

マスターとは、
師を表す言葉だ。

そう、彼は僕の師。
そして影。

僕の影に隠れる
フードを被った男は、

ホログラムのようだった。

人工知能のドロイドが、
こっちに問いかける。

「すみません。お夕食の準備ができましたが?」

「あぁ、R-X。分かったよ」

人工知能のR-Xは、すごすごと後ずさりしながら
ラウンジの中へと消えていった。

ベランダには二人の影が残る。

「して、グレナダよ」

僕は答えた。

「なんでしょうか、マスター」

影はこう言った。

「政府の連中には、ちゃんと伝えておいたんだろうな?」

「えぇ、例の議案を通過させないように言ってあります」

「なるほど、よろしい」
影は満足そうだった。

「して、私は消えるとしよう」

「ではまた、マスター」

影はすぅっと消えると、
フードを被った影だけが
ラウンジを通ってロビーまで行った。

「やれやれ、これで一件落着」

さっきのマスターは、
ホログラムというわけではなく、

“影”のような人なのだ。

いわゆる、裏の人間に共通する
“すぐ消える、どこにでも現れる”

の特徴を負っているだけだった。


この5階のデッキ・ラウンジには
R-Xドロイドと

T-L“お手伝い”ドロイド、

それに複数人の女、と

一人の例外―金髪のポニーテールに、
落ち着いた色目の服の女、だ。

レベッカはこっちのほうを見遣ると、
すっと息を吸い込んであさってのほうを
向いてはき出した。

「マイケル、今日も用事だったの」

レベッカはあきれた様子で聞いた。

「あぁ、聞いただろう
例のごとく、議会の“邪魔”さ」

「聞いてなかったんですもの、
分かるわけないでしょう?」

レベッカはいたずらっぽく笑って言った。

いつか読んだことがある。

ジョージ・ルーカスの、スターウォーズ。
あれに出てくる暗黒卿に、

僕らはそっくりだと思った。

正確には、彼はフードを被ったあやしい人物ではない。
ベランダに出るときは、フードを被っているだけである。

もっとも、その目的を除外して、
の話だが……。

彼、マーティン・ノルティーは
裏社会の首領、だった。

だが、裏には正確には何人もの首領がいる。
彼はその中の一人、

あるいは、真の首領だった。

大抵本当の首領はフードを被って
ベランダに立っているものだ。

彼はその流儀を守っているのか、
律儀にも外套を着たまま現れる。

こういうのはたまにではない。
しょっちゅうだ。

だが、裏通りに出ると
フードを外す。

さすがに影の人といえど、
バックストリートの危険性は
分かっているようだ。

私は、剣を持っている。
正確には、エレクトリカル・ロッド、だが。

手に持てるサイズの柄から、
金属の杖が飛び出す。

杖には電気が流れ、
さわっただけではなんともないが

打撃を食らった相手は
だんだんと体力を消耗していく。

剣術と格闘術のバランスを取るために
考案された、

現代版の剣である。

もっとも、格闘になれば
ナイフも使うことも辞さない。

だが、そのナイフも
またしても金属の棒だった。

しかも電気が流れる。

こんな豆知識はどうでもいいが、
このエレクトリカル・ロッドは
格闘を素早く片付けるのに役立つ。

ナイフを出させる前に、
ケリをつけてしまうのだ。

まぁ、こんなことはどうでもいいが。

レベッカは、R-Xの用意したメニューを元に、
女中たちと一緒に夕飯を準備する。

あの人工知能ドロイドも発展中で、
しゃべるだけの小間使いとも思える代物だった。

もっとも、あの知能では食事の用意ぐらいはできる。
ただ、動力部の問題で重い物を持ち運ぶことはできないのだ。

T-Lドロイドはいわばメカニックだ。

食事や生活に関することは苦手だが、
機械には強い。

もっとも、接続は専用のソケットがいるわけだが。


そして、あの女ドロイド

いや、レベッカは

なんというか、こっちを見ている。

むしろ、その顔が笑って……。

夢の中では、あの笑顔が崩れることが多い。

闘いに巻き込まれ、
守ることすらままならないのだ。

もっとも、現実はそうならない。
ただ、悪い予感というのは現実を呼び寄せるもので、

それを考えるとやっぱり悪い予感から
消しておきたい。

そういう恐怖から逃れるのも、
また修行の一環だった。


R-X“ディル”は
ぎこちない動作で飲み物を運んでいく。

そしてレベッカは、というと、
またこっちに向かって笑いかけた。

闇の中で咲く花。
彼女はそれを連想させた。

もっとも、誰が水をやり
だれが踏まれないように工夫しているのか
分からなかった。

だが、彼女は闇の中で笑う。

そう、このロマのコンドミニアム自体
闇の中枢なのだ。


エンパイア・ブリッジ。
人々はこの建物をそう呼ぶ。
10階だての階下には、

闇と街灯と、整備された区画が続く。

もっとも、ここに住むのは悪名高い……。
いや、むしろ闇の人間だけだった。

マイケル・グラナダ。
俺の名前だった。

ジャクソン・メナス。
またの名だ。

フードの人物は、
師であり、首領であり、

そしてレントナーと呼ばれる
闇の区画のボス、だった。

話せば長い。
そして時間は過ぎていく。

今日はこの辺で夕飯にするとしよう。
レベッカが待っているのだから。






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