Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


ヘザーランドの調理師①

ポチャッ

海辺に釣り具の垂れる音が響く。

「ウィリアムさん。釣れませんね」
少女はぼやいた。

「大丈夫さ。もう少しで釣れるって」
ウィリアム“さん”は言った。

「おぃ、ジョッシュ。餌追加で取ってきてくんねぇかな。
どうにも掛かりが悪いや、ここは撒き餌といこう」

ウィリアムは僕に指示した。

コックなのに釣りをしている……。

街の漁師では、おいしい魚が捕れねぇだとか
なんとかで、

ウィリアム“氏”はよく釣りに訪れるのであった。

店は弟が守っている。

昼は船乗りたちのたまり場だから、
弟でも守れる。

そういう見解だった。
ちなみに、今横にいる少女は
酒場の娘の妹で、

酒場娘はシエラ、といった。

そして彼女はアンジェラ。

こうして釣りをしているが、
日が暮れるばかりであまり釣れない。

「今日の釣果、3匹だけですよ。

市場で買ってきましょうか?」
僕、いや俺は尋ねた。

「いや、いいよ。今日は全部じゃがいも料理だ」
ウィリアムさんは言った。

「そんなもの、どこで仕入れるんです?

ブリストルは大雨でじゃがいもが港で
腐ってるとか」

「知らないのか」
ウィリアムさんは言った。

「ベルギーでこっそりじゃがいも育ててるんだよ。

カボチャとかもな。
おいしいらしいぞ」
また、披露が始まった。
やれやれ。

「ところで、漁師町の酒場なのに
魚料理が出ないなんて、

どういう場所だ、
とか思われるかな

とか考えないんですか?」
俺は聞いた。

「そうだな。じゃぁ、釣りはやめにしよう」

「ぇ~っ。いいとこなのに……」
アンジェラは言った。まだ12歳だ。

「仕方ないよ。じゃがいも料理にケチつけようってんだ。

今日はじゃがいもを焼いてみるか。
漁師は魚と相性悪いんだ。

すぐにじゃがいもとかカボチャにも慣れるさ」
ウィリアムさんは言った。

誰が決めたんだよ……ぶふっ

心の中で笑ってしまったが、
なんとか取り直した。

「ところで、

魚とじゃがいもを一緒に出してみようなんて
考えないんです?

魚なんて市場で……」

思わず、息をのんだ。

ウィリアムさんが、真顔でこっちを見ている。
超至近距離で。

「魚のどこが悪い。

じゃがいもと魚は相性悪いから、
肉料理のときしかじゃがいもは出さないんだよ」
至極真顔で言った。

??ちょっと訳が分からないぞ。
まぁ、いいか。

「で、そのー

魚を市場で仕入れないのか、という問い……

なのですが」
俺は遠慮がちに聞いた。

「うん、高いから」
即答だった。

「えっ、コックなのに」

「ん?何か言ったか?」
至極笑顔だった。

怖い。

「ぇ、いやー別に。

じゃがいもそんなにいいのかなーなんて」
棒読み。んなこたぁ分かってる。

「うん、ハーブと相性いいんだよ」
なるほど、こういうことか。

最初から、魚は使うつもりなかったから、
時間つぶししてたんだ。

なるほど~、って感心してる場合じゃない。

「ぁの~、教会の鐘が鳴ってますが」

「ん。もう4時だな。

そろそろ帰らないと」
ウィリアムさんは素っ気なく言った。

「じゃ、おうち帰るね」
アンジェラは言った。

「うちで食ってけ」
ウィリアムさんは言った。

「ぇ?ぁ~、分かった」
アンジェラは素っ気なく返事した。

「お父さんには、こっちから言っておくよ」
俺は言った。

「はぃはぃ」
アンジェラは言った。

「じゃ、今日もぶどうジュース飲ませてくれる?」
アンジェラはウィリアムさんに尋ねた。

「ぁぁ、余ったらな。ちゃんと残しておくよ」

「それから、お姉ちゃんの歌うとこはもう見たくない。

楽しくなさそうだもん」
アンジェラは言った。

「ぁれか?あれは本人楽しんでるからいいんだよ。

どうせ船乗り連中も聞いちゃいないさ」
ウィリアムさんは素っ気なく言った。

「お母さんに止めるように言われたの~。

ウィリアムさんが歌わせてるって知ったら、
うちの両親絶対酒場娘辞めさせちゃうんだから」

「ぁぁ、気をつけておくよ。

本人酒に酔って歌ってるってのは、
内緒だからな」

何気に僕に耳打ちした。
なんのことだよ……。


ウィリアムさんが言うのは、こうだ。

酒場で出るラム酒は、強い。
酒場で閉じ込められてるだけでも、酔ってしまう。

だから、年若い娘が酒場で勤めてるのは
いいことらしい。

酒に酔って文句言わないから、だそうだ。

なんのことだよ……さっぱりだ。

まぁ、とにかく、

酒場はみんな酔ってるから、
そっちのほうが安定していいわけだ。

中央広場のほうの酒場は、
毎回あぶれたやつで荒れるらしいが、

海辺のうちの酒場はみんな酔ってるから
荒ぶれずに済むわけ、ってとこだ。

「なんかしんみりしているな」
ウィリアムさんは言った。何気ない。

「ぇっ。いや、別に」
なんてことない会話なのだが、

ウィリアムさんはこういうときに
鋭い。

彼曰く、漁師兼コックの勘らしいのだが……。
いかんせん、漁師としてはいまいちなので
猟師兼コック、といったところか。

銃の扱いは上手いらしいので、
(最近は罠でウサギを捕ることに凝ってるらしいのだが)

とりあえず、山のほうに向いている
というわけだ。

ちなみに、
名前はジョディで、

僕の名前と混同されるから
僕を呼ぶときはシュにアクセントがくる。

そういううんちくはいいとして、
ウィリアムさんはウィリアムさんとしか
呼ばれるのをよしとしなかった。

船乗りたちの間では、
「熊撃ちのジョディ」

というあだ名がついてるらしいが……。

まぁ、そんなことはどうでもいい。
とりあえず、酒場についてしまった。

「アンジェラ、キッチンの裏に
この魚を持って行ってやってくれ」

ウィリアムさんは、
荷台に魚の入った樽を載せると、

押していくようにアンジェラに言った。

「わかった、重いけど……」
案の定、というか僕が代わりに押して、

キッチンの裏まで運んでいった。

「ジョッシュ、遅すぎるぜ」
酒場で手伝いをしていた兄が言った。

「知らないよ。いつもの釣りさ」

「それより、弟が手切ったとかいうんでさ。
みてやってくんねぇかな」
ウィリー・エラスムスは言った。

彼の名前はウィリーである。

「分かった。休んどくように言っといて」

「シェフのお帰りだ~。

今日は何を捕ってきたのかな~、ぅん~?」
酒場にウィリーの威勢のいい声が響く。

「おぅ、ジョッシュ。

ちょっと助けてくれや。
魚で手切ったんだよ」
ウィリアムさんの弟、

パガロが出てきた。
イタリア系だ。名前は。

くせ毛の茶色の髪をいじりながら、言った。

「あの魚、化けもんだぜ。

ヒレが尖ってやがる」

「でも、動いてなかったんでしょ」
僕は言った。

「牧師さんに、薬草頼んどくから
今日は包帯で我慢して」
僕は続けた。

「じゃぁ、今日の切り盛りは
あいつに任せるとするか。

“じゃがいも料理だけ”
っていうのに従っときゃぁ、

手切らずにすんだのにな」
パガロは笑って言った。

「兄さんはよく分からないよ。

昨日は魚だ~。って言っておきながら
今日はじゃがいもだもん。

あれ、どういう意味なんだろ」

「知らないのか、

ああ見えてメニュー隠してるんだよ。

固定のメニューにすると
酒場の客が慣れてきて

文句言い出すんだ。

海の酒場は荒れたら終わりだから、
ああやって隠してるんだよ」
パガロはひとしきりいうと、

「いい薬草はないもんかねぇ~」
と言いながら酒場の裏を見遣った。

「パガロさんに、お届っけもの~」
アンジェラが、手一杯に薬草を持って突っ立っていた。

「どこで手に入れたの?」
僕は聞いた。

「そこのね、船乗りのおじさんが
薬学研究してる人紹介してれたの。

牧師さんよりも、薬草もってるんだって」
アンジェラは何気なく言った。

見ると、身長180近い細身の
男が突っ立っている。

「やぁ」

男は言った。





Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.