Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


ブロックス・シュミット―石の剣 1

遠い昔、遥か広大な大陸で―――



ジョエル・ステニスは剣をしごいていた。

傍らには、魔法使いのアリス・クエデッサ―。

もう一人となりには、見習い僧侶のシンディ・クレンス。

向かいには、ムーサ・ミヒャエル―商人で、薬の扱いには長けている―。

そして、それを見守るドン・レガンド、“ボス”がいた。

ドンは42歳、若干日に焼けた肌に
東方系の顔(といってもマケドニアあたりだろう)、

眼鏡に、頭をすっぽり覆う巻き布。

さらに、薄手の服にローブという出で立ちをしていた。

(こんなクソ暑いのにかぁ……?)


アリスは巻き布からはみ出した長い黒髪を、
ときおり丁寧に手入れしながら、

俺の立てる剣の不快な音に顔をしかめながら言った。

「ねぇ、ジョエル。もっと剣どうにかならない。
うるさいわ。

あと、ムーサ。
髪の毛隠してたほうが無難よ。

その体では遠くからも女って分かるもの」

アリスはこういい終えると、
ナイフで杖からはみ出た木片を切った。

「こう使ってると、杖も錆びるものね。

いくらいちいの木だからといって、
樫の杖にはかなわないわ。

まぁ、樫は魔法には向かないんだけど」

アリスはムーサの方を見た。


「マーリンは、確か樫の杖だったわね?

女の魔法使いは、みんないちいか

ひねくれた奴なら、ひいらぎだって聞いたわ」
ムーサは言った。

「わたし、……こう見えても……」

「はいはい、商人だけど魔法にも詳しいのよ、でしょ」
アリスがあきれて言った。

「だいたいね、素人が……」
ムーサは不意に、アリスの顔に手をもっていき、
これでもか、という顔で手で掴もうとした。

アリスとムーサがもめる。

「やめなよ」
俺は言った。

「“だいたいね”、女同士がもめるからいけない……」

「えっ、なんて言った?」
アリスとムーサとシンディが、
同時にこっちを見ていった。

「ぁ、いや、何も……」
まだみんなはこっちを見ている……。

「ん~、後でお仕置きね」
アリスはひどく冷静に言った。

「いやね、剣で勝てないのなら、
魔法でも勝てないって言いたかった。

剣と魔法は一体のものだから、
魔法使うんなら剣も使えなきゃだめだよ、

と言いたかったのさ」
俺は弁解した……つもりだった。

「あのね、お仕置きって言ったでしょ」
アリスはひどく真顔で言っている。

「いいよ、剣で受け止めてみせる」
そう言うと、俺は剣をアリスのほうに向けた。

「お嬢さん、口が過ぎると……」
剣先をアリスに向けたが、

シンディとレガンドが同時に剣で切っ先を上に上げた。

「おいおい、いいところじゃないか……」
レガンドは無言だったが、

シンディは辛辣そうに言った。
「あのね、女の子に剣なんて
あんたには百年早いのよ」

シンディは続けた。
「だいたいね、家から抜け出して
旅に出ようなんて言ったのあんたでしょ。

責任とって、みんなをまとめなさい」

なおも続けた。

「そしてアリスのお仕置きを受けるのよ」

肩に電撃が走った。

アリスが杖を肩に置いたのだ。

「聖属性の魔法がいい?」
アリスはにやにやしている……。

「いや、ちょうど気持ちいいのでお願いし……」

まだ刺激が入った。今度も電気刺激だ。

「実は……ショック魔法使ってる?」

「ううん……普通の刺激になる魔法」
アリスは答えた。ひどく平静に。

「剣に魔法かけてあげるよ」
アリスは言った。そしてムーサがさえぎる。

「あぁ~、それやるなら、絶対メッキかアルコールのほうが
いいよ~。

物切るものだし」

「じゃぁ、アルコールと触媒用意して~」
アリスはムーサに言った。

「はぃはぃ……」
ムーサは渋々応じる。

「さぁ、いくよ~」
アリスはシンディとムーサに目配せして
剣の錬成……いや、手入れを始めようとしていた。


「魔法使うんなら、錬金術のほうが早いよな……」
レガンドがそっと耳打ちをする。

うん、分かってるけど……ここは見てみたい気もするんだ……。

「アリス、ちょっと待った。

首のアクセサリー、触媒に加えてみろよ」

アリスは首のアクセサリーに手をやった。
「じゃぁ、また新しいの買ってくれる?」

「あぁ、いいとも」

アリスは首のアクセサリーを外すと、

アルコールをこぼしたものと、
触媒の中に加えた。

今、目の前には
こぼれたアルコールと、

緑と赤の触媒、

それに

アリスの首のアクセがある。
もちろん、緑と青の宝石でできた
飾り物だ。

安いから、こういう時に使うのがいいだろう。

「これ、次の宿代とアクセ代だ」
ドンがそっと俺のポケットにコインを2枚、差し込む。

「買ってやれよ」

あいよ、おっさん。

「じゃぁ、始めていいぞ」
俺はアリスに言った。辺りには奇妙な匂いが立ち込め始めていた。

「じゃぁ、いっきまーす」
アリスが一瞬目を閉じて杖に力を入れると、

瞬く間に爆発と水蒸気が起こり、

アルコールは消え去って
触媒とアクセはくすんだ状態で半分ボロボロになっていた。

「よし、できたよ」
アリスはちょっと疲れた表情で自慢げに言った。

予定通り、触媒とアクセはボロボロになった。
中の元素が抜けたのだ。

触媒も、もちろん宝石か玉石である。

「これ、回収する~」
ムーサは言った。

「あとで使えるもん。道具袋に入れておかなきゃ」
ムーサは道具袋を持ち出してきて言った。

袋は30㎝ほどの大きさだ。

「くれぐれも、ジャンク屋に売るなよ~」
俺はムーサに言った。

「あいつらは、触媒みたいなものはすぐ捨てちまうんだ。

売るんなら、魔法ジャンクにしておけ~」

「バラライト、でしょ。知ってるよ~」

「あぁ、そうだ」

バラライトとは、

バリスティックとも呼ばれる―

触媒を集めては、再錬成して
自分の魔法に役立てるジャンクのことである。

廃業した魔法使いなんかが主だが、

たまに禁忌の魔術を習得した者もいるから
要注意だ。

あいつらは何考えてるか分からない……。

「じゃぁ、そろそろ行こっか」
シンディは言った。

「宿屋さんと食べ物屋さん、

あと2ブロック向こうにあるみたいだから」
ここは山間の、そして谷間の街だった。

あたりには登れないような山がいくつかあるが、
(というか、正確には険しすぎる大きな岩だ)

後はちょっと遠くに森があって、
交易路でそれなりに儲かってる

そんな感じだった。

山、というか岩に当たって
日が陰る。

その傾きが大きくなったころ、
交易路上の宿屋兼食べ物屋は
旅人と放浪の剣士と

こいつらみたいな
旅の魔法使いで賑わうのだった。

みんなのもっぱらの目標は、
旅して世界を知ること。

機械もない、
若干隔絶された世界を結ぶのは、

この辺りにもよくいる旅人の役割だった。

情報・物・金・産物。

それを運んでもたらすのは旅人の役割だった。

街に行けば、
大きな旅人のギルドもある。

だが、それは利権団体で
本当のところ、

旅しながら建築をする
移動建築屋と石工の―

地元の元締め協会みたいなところだった。

だから技術はあるけど、
金に関してはあまり言うべきところはない。

もっとも、小さな街の金を
ありとあらゆる手段で取り仕切っているのだから

いわば、裏の銀行の首領(ドン)だった。

ちなみに、ここにいるドン・レガンドは
代々医者の家系で

医者兼放浪の剣士といったところだった。

もっとも、―剣士なんて区切りはないがな―。


とにかく、俺らは旅して、
ここの街というか集落の

小さな宿に
一部屋借りて落ち着くのであった。

今日は、そういうお話―。

「ねぇ、星が出てる~」
アリスはうれしそうに言った。

「うん、何の星か分かってる?」

「うん、ぜんぜん」
アリスはいつも通り答えた。

ここ数日は、こんな日常―。





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