Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


200シリングのドイツ方言【読み切り】

4月19日、

そして5月19日
6月19日

俺はこうして、
家のドアが開いたり閉まったりするのを
ずっと眺めてきた。

だが、今日は何かが違う。

7月19日。

戸口の前には、
剣とおぼしき帯剣を着けた
男が立っていた。

名はエドゥガード。
フードを被った男で、
年齢は不詳。

恐らく、25か30ってとこだろう。

マルセイユ出身で、
今はドイツの森暮らし。

こうしてハプスブルグ領に出てくるのも、
こうして俺の家兼宿場に出てくるのも

ここがオーストリア領になったからだ。

「名はなんという?」
俺は聞いた。

「エド・アンタレスだ」
男は答えた。

身長1.7mほどの身の丈に、
中肉中背、太い肢体。

細い腰回りに、
身の軽そうなその体躯は、

いかにも、
「暗殺者」だった。

「よう」
その男は言った。

「マルティネンゴ」
その男は続けた。

なんのことだ……?
俺は知らない。
俺の名はアトラスだ。

「元気か?モスクワの叔母ちゃんが
心配してたぞ」

モスクワ?合言葉か?

「人違いのようだったな……。
ハハッ、気にしなくていいぞ」

その男は笑いながら去っていった。


「見たところ、暗殺者のようだな」

あとで話を聞きにきた官吏は言った。

「オーストリアのスコロビッチ。
聞いたことあるぞ。

リトアニア王家の者を暗殺したやつだな。

あと、マケドニア王家の暗殺未遂にも絡んでるって話だ」

「まぁ、そういうたいそうな奴が家にも顔出したって
わけだ」

俺は官吏に説明した。

「リヒターだ」
官吏、いや刑事は挨拶した。

「リトアニア王家の暗殺について調べている」

「勅命か?」
俺は聞いた。

「ああ、皇帝直々の命令だ」

「リトアニア王家の暗殺は、
オーストリアの盗賊団の噂だって話だ」
俺は言った。

「なんでも、ヴェネチアの諜報官が一杯食ってるらしい」
俺は続けた。

「そうか、その線もアリだな」
リヒター刑事は言った。

「だが、皇帝陛下には
王家の暗殺は、王家が絡んでいるとは
報告できんのだ」
リヒターは続けた。

「なるほど、戦争か」
俺は言った。

「あんたは、戦争屋じゃなさそうだな。
見た目は」
刑事は言った。

「なぁに、剣に覚えはあるが
今はこうして宿場の経営だ」

「なるほど」
刑事は相槌を打った。

「一杯やりたくなったら、うちの宿場をよろしくな」

「あぁ、伝えとくとも」
刑事は愛想よく言った。

「して、ここで話をしても
チップは取られるのかな?」
刑事は訝しんだ様子で聞いた。

「いや、おたくはタダだよ」
俺は言った。

「旨そうな話なんでね」

「なるほど」
刑事は相槌を打った。


「話は戻るが、
あいつは見たところ剣の使い手だったな」

「なるほど」

「だが、“あいつは”短剣の名手で
剣は苦手だとも聞いた覚えがあるが」

「“あいつは”、か」

「まぁ、どのみち格闘なんだし
剣も強いんだろ」

「にしても、どうしてあんたを尋ねてきたんだ」
刑事は訝しんで聞いた。

「あぁ、たぶん森のクロヴィーというやつに
情報を聞いたんだろう」
俺は言った。

「あいつは、俺のグルで
情報屋だから

頼れる宿場と聞かれて
俺の名を言ったんだろう」
俺は続けた。

「まぁ、マルティネンゴって言ってたし
合言葉も間違えてたから

さしずめ居心地が悪くなったか
危険な空気でも感じて場所を変えたんだろう」
俺は一息ついた。

「暗殺者にしては、
やたら優男っぽかったがな」
俺は付け加えた。

「なるほど、情報屋伝手に
あんたのとこまでたどり着いたんだな」

「官吏殿、ドイツの森で
また貴族が襲われたようです!」
刑事の部下と思われる兵士が、
慌てて駆け込んで言った。

「そうか、どこの家だ?」

「ムリーニュ家のようで」
兵士は慌てながらもかしこまって言った。

「貴族なんか、いつ襲われてもおかしくないから
あまり外へは出るなと、伝えておいてくれ」

「はっ」
兵士は敬礼してでていった。

「敬礼はいらんぞ」
リヒター刑事は言った。


「これでブルターニュ家に」
リヒターは言った。

「北仏のか」
俺は挟んだ。

「被害が出れば、間違いなく皇帝陛下直々の
命だな」

「なるほど」

「だからこそ、首尾よく都合のいい報告をせねばならん」
リヒターは緊張した面持で言った。

「じゃぁ、こうしとけよ。
俺に聞いても分からなかったから、

奴はドイツの森を徘徊してるってな」

「なるほど、なんか仕掛けはあるのか?」

「誰に聞いても分からない、っていうやつさ」

「そうか、分からないのに知ってるんだもんな」

「あぁ、時間が稼げるぜ」
俺は自慢げに言った。

「礼を言うよ。時間取らせて悪かったな」
リヒター刑事は言った。

「どうも」
俺は言った。

「これ、お礼だよ」
刑事は200シリング渡した。

「これも、国庫か?」
俺は白い歯をニヤっと覗かせて言った。

「ヘソクリだと思うか?」

「国のな、あぁ」
俺は笑って言った。

「ハル・リヒターだ」
刑事は自己紹介した。

「リヒテンシュタインなんだが、
長すぎでな。

リヒターにしている」

「アル・アトラスだ」
俺は自己紹介した。

「森の連中には
マルティネンゴって通り名を使うように
言ってある。

「なるほど、いよいよ匂ってきたわけだ」
刑事は言った。

「情報屋も、なかなか狙われそうだな」
刑事は天気を嘆くように言った。

「そのうち、日が昇るさ」

「あぁ、漁師は家へ帰るだろうよ」
リヒターはお決まりの合言葉を口にして言った。

ドイツ市民でないと知らない言葉だ。

もっとも、山暮らしのやつは
猟師と間違えて言うことも多いらしいが。

「それじゃ、漁船は明日出るそうだぜ」
刑事は慣れた方言で言った。

「あぁ、イタリア野郎によろしく」
俺はそういってドアを閉めた。

「おいしそうですね。
今度ベーコンでも奢ってくださいな」

付き人の兵士は愛想よく笑った。

「あぁ、グリムの森で待ってるぜ」

「はぃな」
兵士は理解したようだった。

ドイツ市民しか知らない、
秘密の合言葉。

ハプスブルグのやつは知らないから、
こういう“活動”にも

ドイツの方言は適していた。


~おしまい~

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2013/09/08 06:20
いっつも制限気にしながら、

一回見た時は800文字

次は1200

次は1600

次は2200 

次は……

といった感じで
だんだん増える文字数と
格闘する感じで書いてますb

最初はたくさん書いて、
「2200文字くらいかな?」
と思っても

800文字くらいですし、

書きたいこと全部書いて
まだ多すぎるかな、
と思ったくらいが

ちょうど2200文字くらいですね~

今回は文字数気にせずに書けましたb

セリフばっかのものだと、
それなりに文字数を気にせずに書けるので
助かるのです。

ドイツ方言は若干適当な部分もありますが、
雰囲気だけ北ヨーロッパという感じで

お読みいただければと思いますb

ちなみに、今回のモチーフは
あるゲームから取ったのですが、

ゲームの世界観を借りて改装すると
より構築的に世界を描けるので、

何かの世界観をパクるというのは
ひとつの技術のような気もします~


意味のある文章になったようで、
よかったですb
アバター
2013/09/07 20:13
映画のワンシーンを観てるような感じで、最後まで一気に読みました。
実力ある人の自信に満ちた会話が印象的です。

「ドイツ語の方言」をググってみましたが、独特の意味があるようですね。

記事に文字数制限があるなか、最初から最後まで文章が綺麗に流れてて
最後に上手くまとまっているのって、スゴいですねー!

アバター
2013/09/06 20:51
悩みの回答求ム。ww
よろです♥*




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