Nicotto Town


つれづれ、ひねもす


【ソムニア】曇天の下で

 こんな夢を見た。


 灰色の曇り空の下、鳥かごを模した温室の中に居る。 
 四方の壁はガラス製。
 足下は乳白色の貝殻を砕いたタイルで、その上にごく浅く水が張っている。
 水は静まらずにゆらゆらと一定のリズムで揺れて、
 ぶつかった波同士が細やかな金鎖のような網目をタイルに描く。
 ゼンマイ細工のハチドリがキリキリと羽音を立てながら高い天井の下を飛んだ。

 その温室の中央に一脚のテーブルと椅子が二つ。
 テーブルの脚は草木をかたどった黒のアイアンフレームで出来ていて、
 ガラスの天板には飾り気のない白磁のティーポットとカップが置いてある。
 カップの中の紅茶は手つかずのまま。静かに細く、湯気をあげていた。
 
 テーブルと同じ黒のアイアンフレーム製の席には、貴婦人がひとり座っている。
 ハッと息を呑むような美しい人だった。
 肌は白く、頬は澄み、唇は蜜の色。
 豊かな髪は硝子張りの天井から注ぐ光に透き通って雲母《きらら》のように輝き、
 ひだや膨らみをたっぷりと取ったドレスは薔薇やリボンで飾られている。
 ジルコン・アノニム。
 なかば伏せた目蓋は薄くほの青く、その下の瞳は黄金《こがね》に輝いていた。

「今のわたしは、誰かの人格を貼り付けたようなもの」

 彼女は目の前に置かれた紅茶のカップに手を伸ばし、口元へ運ぶ。
 こくり、と片手で掴めるほどに細い彼女の喉が上下した。

「君は個性的に見えます」

 テーブルの対面に座った彼が柔い声で応える。
 アノニムが煌めく虹のごときまばゆい美貌ならば、
 こちらは凪の水面のごとき麗容。
 面差しは華美ではないが端正で、すっと伸ばした背筋は形良く、
 瞳は沈んだ月の行方すらつかめない紺碧の海底の色をしていた。

 彼の言葉に彼女は首をうち振る。

「いいえ、いいえ、これはただの模倣。
 魅力的だと思ったもの。好ましいと思ったもの。美しいと思ったもの。
 なりたいと思ったものの行動を真似ているに過ぎない。
 人はわたしを愛し、褒め称えるけれども
 そこにわたしの人格、オリジナリティなんて殆ど残っていない――」

「それでは君のオリジナリティ《個性》とはなんですか」

「臆病」

 水面が揺れて、花がくるくると回りながら彼女たちの足下に流れてくる。
 無彩色の世界にそれだけは色鮮やかな花――
 誰かがむしった花が流れ着き、彼女の爪先に当たって向きを変える。

「臆病な子供がわたし」

 仮面に覆われた顔でアノニムは歌うように告げる。

「虚栄を飾って、虚像を貼り付け、ダイヤモンドと謳っても
 わたしの渇きは満たされない。
 私はジルコン。ジルコン・アノニム《匿名のジルコン》。
 欺瞞の宝石、虚構の宝石、誰も私を愛さない」

「君も」

「あなたも」

「「愛さない」」

 花が流れてゆく。
 果てへ、果てへ。水に乗ってくるくると回りながら。
 水面に反射した曇り空の下、飛行船が水尾を引きながら過ぎってゆく。
 ゼンマイ仕掛けのハチドリが白銅の羽を広げた。
 

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2020/03/14 20:44
・煌翡芽さん
自分の望む部分を、自分の望むやり方で愛して欲しい。
それは傲慢な願いだけど、あたりまえの、ありふれた願いでもあると思います。

ダイヤモンドとしての己を愛されることに苦痛を覚えながら、
ダイヤモンドを謳ってしまうアノニムが、
僕たち自身の中にも居るのかもしれないですね。

>風は誰に対しても平等に吹き、日差しも分け隔てなく降り注ぐ…
このフレーズが美しく、強く、優しくて素敵。
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2020/03/14 19:22
この場所に居るアノニムの発する(思う)言葉は、嘘偽らないものに見えます。
独りで居るからなのか、“誰か”への懺悔なのか?
答えるその声はまさしくアノニム(自分)だけれど、臆病な自分と呼ぶアノニムだけれども。

臆病の反動はとても大きなものになってしまって、
いつの間にか独りで居ることを受け入れてしまってる自分が居る。
そしてそうなってしまってることを悔やむこともなく悲しむこともなく…
それが自分と納得している姿は、永遠の孤であって良いと思うのでしょうか?

風は誰に対しても平等に吹き、日差しも分け隔てなく降り注ぐ。
石の皆さまだけでなく、人や動物、植物にも…勿論アノニムにも。
いつの日か、石の皆さまがアノニムの本質が知ったならば、
アノニムが虚勢を張らずに過ごせる日が来ることを願うような気もします。
そんな日が訪れるかはわかりませんが^^;
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2020/03/14 07:28
・ゆきやさん
石物語の悪徳商会の皆さんって、何のかんので愛されてるきがします(o´艸`)
僕もそこまで深く考えてるわけではないのです。
夢に居合わせたのがアウインでなかったら、もっと別の終わり方もあったのだろうなぁ。
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2020/03/13 22:30
実は私も好きなキャラです。
ウ~ン、そこまで考えが浮かばなかったです。
日本語の難しさを感じます。
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2020/03/07 19:42
・ゆきやさん
アノニムさんです。僕けっこう彼女のことが好きなので書いちゃう。
どんな人かな?と自分の内面を覗き込みながら、考えるのが楽しい。

彼女は彼女自身を愛している。だから愛されないことに空虚感を覚える。
彼女は愛されない彼女を愛していない。愛しているから空虚感を覚える。
……じゃないかなぁ?
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2020/03/07 19:27
わあ~アノニムさんだ。
すごく綺麗な情景
目の前に見えるような描写は筆力ですね。

彼女自身が彼女を愛せなければ、いつまでも、空虚感は消えないのかな?
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2020/03/06 22:51
・エメさん
何かの時に「アウインは鏡」というコメントを頂いたことを思い出しました。
懺悔であり、告白である。牧師姿のアウインには似合いかもしれませんね。

>みんな死んじゃってお棺に入っているみたい
それ良いなぁ…書きたい。
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2020/03/06 22:19
まるで鏡に向かって 懺悔するような 会話ですね〜
みんな死んじゃってお棺に入っているみたい
それにしても美しい幻想ですね❤︎ 映画のワンシーンのようです^。^
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2020/03/05 21:49
・ネコ衛門さん
趣味に走って好きな物詰め込んでみました。

・ミュミュさん
映像化……絵描きさんに頼めたら良いんですけどね。
実のところ、僕の頭の中には「映像データ」がないので
誰かが再現するところが見てみたい気がします。

・ケイトさん
美しいと感じていただけたら嬉しいです。

>アノニムも彼が相手なら素直になりそう。
素直……というか、限りなく独白に近い状態なんじゃないかな。
夢ですし。

・永都さん
水面の下には怒りとか悲嘆とか憤りとか欲求が変わらずあるけれども、
それが叫び声という形で噴出してないアノニムです。
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2020/03/05 20:35
素直、と言うか、穏やかに感情を波立たせずに喋るアノニム。
いつも誰かの感情に揺さぶられて声を荒げているイメージなんですよね。

本当のアノニムってどんな人(石)なんだろう、と改めて考えさせられました。
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2020/03/05 09:04
美しい〜
アノニムも彼が相手なら素直になりそう。
でも自分すら自分を愛さないなんてかわいそうな人ねえ。

家具で人が入れる大きな鳥籠があったなー
これ誰か作ってくれないかしら。
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2020/03/05 07:44
これは映像化してほしい。
私の頭の中では自動的に流れてるけれど
これ人によって映像が違うだろうから
他の人のも見たいと思ってしまう。
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2020/03/05 00:31
美しい夢ですねー
まさに映像美. ・:*:・(*´エ`*)ウットリ・:*:・.



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