Nicotto Town


アオイさんの日記


side―旅人と約束―

目的もなく、あてもなくあちこちを歩き回る、というのは人によっては、旅の概念から外れているかもしれない。
それでも、自分はずっと旅人だったしこれからもずっと旅人なのだろう。そう思っていた。

夕暮れの街の片隅。
また絶対に来てくださいね。とその丸いほっぺたを赤くして微笑む女の子に、うん。と自分も笑顔で返事をしながら、サハラは気軽に約束などをしてしまっている自分に少し驚いた。
約束など、自分を縛りつける錘でしかなかったなかったのに。
こんなにも気軽に返事をし、そして本当に彼女のお店を再び訪れるであろう事が、かつての自分とあまりにもかけはなれていたから。

自由とは、孤独な事。
自由でいるためには誰かとのつながりなんて、邪魔でしかない。
この街にやってきたのだって、通過点でしかなかった。
疲れきって腹が減っていたから、少しだけ休もうと考えただけだった。
ちょっと休んだらすぐにこの街を出るつもりだった。
そう、彼女が言った、一休み、それをするつもりだったのだ。

それが、この街でたまたま空いていたアパートを借りて、そこで暮らしながら、生活費を稼ぐために便利屋と言う名目で何でもやったりして。
そうしている間に、同じアパートの住民と顔見知りになり、朝夕の挨拶をする間柄になり。
時には夕食に招かれたりもして。
そうして気が付くと、この街に辿りついてから、半月ほど経っていた。

そしていつのまにか、繋がり。というものがこの身を縛り始めていた。
食事の礼に、と花を摘んでその家の奥さんに渡したり。仕事から帰って来てすぐに部屋に戻るのではなく、中庭でおじさんたちと一服をするようになったり。休日に小さい子供たちと遊んだり。よく行く屋台の男と話が合う事を喜んでいたり。

半月。
たった半月でしかない。と多くの人は言うだろう。
けれど、一つのところに留まる事のなかったサハラにとって、半月は、驚くほど長い期間だった。
自分の名を知っている人がいる事も。顔を見ればあいさつを交わす相手がいる事も。帰り道の近道や回り道を知っていくことも。
道に迷ったら、家へ帰るための努力をすることも。
今まで手に触れた事もない事だった。

そうして気がつくと、些細な、他愛のないつながりが、たくさんたくさん、この身に巻き付けられていた。

身に巻きつくものたちは身軽に動き回るにはいささか不便で、やっかいで。
厄介で必要無いと思っていたものだったのに。自分に巻きついているものが、今まで邪魔としか感じていなかったものが、重たく感じないのだ。

ひと休み、という考えも、そう言えば無かったな。この子に言われてから気が付いたものだったな。
おじさん達と楽しげにおしゃべりをしている少女に視線を向けながら、思った。
アオイという名の少女は、この街にサハラが来てはじめて訪れた店の店員だった。
撫で肩でひょろりとした、頼りなさげなこの少女はひとりきりでこの街にやって来て、あの店を開いたのだそうだ。
誰かと繋がりたくて、この街にやってきたのか。と思ったが、話を聞く限りそういうわけでもなかった。

―ただひとりで暮らすという事をやってみたかったんです。
とアオイは言った。
―ずっとたくさんの人達と一緒に暮らしていて、ずっと一緒に居た子もいて。そこは居心地が良かったけれど。甘やかされている感じもしたんです。
そうアオイは少し複雑な微笑みを浮かべて言った。
―誰かと一緒に居る事が、面倒になったんですか?
そう自分のことと重ね合わせながらサハラが問うと、ううん、とアオイは吃驚した顔で首を横に振った。
―そんな事は無くて。だって何度も寂しくなって、ソラに会いたくなって、帰りたくなりますもん。
そう言ってから、アオイはあぁ、と少し恥ずかしそうに笑った。
―私だってひとりで出来るんだよ。って言いたいのかもしれません。まるで駄々っ子ですね。
ふふふ、と苦笑しながらそう言ったアオイに、そんな事は無い。とサハラは首を横に振った。

 ひとりでも何でもできる気になっていたのは、自分の方だ。
 そんな事を思って、少しだけ情けないような悔しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになった。




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