Nicotto Town


アオイさんの日記


side 観測者・1

「あ、天空の街に灯がついたよ」
開け放った窓から、夕闇が迫り始めた空を見上げてヤマブキが小さな子供のような声を上げた。
 その言葉に、客に飲み物を配っていたアオイが釣られるように窓の外に視線を向けた。
「本当ですね。なんだか大きなお星さまみたい」
ヤマブキ同様に無邪気な声を上げるアオイに、そうですね。と頷いて、サハラもまた窓の外を眺めた。
 地平の端をオレンジに染めた蒼い夜空の中。天空の街で淡い光が灯っていた。大きなお星さま。というよりも、旅の途中に立ち寄った街で観た人工衛星のようだ。とサハラは思った。
 全てが機械化された街で観測用サテライトとして空に浮かんでいた、あの大きな羽を持つ物体を見たらアオイはどんな反応をするだろうか。そんな事を思ったら思わず笑みがこぼれてしまった。

 日が延びてきたこの頃。客からのリクエストでアオイの店では夕方からお酒を出すようになった。
 とはいえ、居酒屋のような雰囲気ではなく、仕事帰りに一杯やる程度だ。客も常連のばかりなので、お店で飲んでいるというよりも友人宅で飲んでいるような気分でもある。顔馴染みと取りとめなく喋りながら杯を傾けるような、そんなくだけた雰囲気に店内は包まれている。
「どうぞ、今日も一日お疲れ様です」
テーブルにお皿を運び終えたサハラに、そう言ってアオイがビールで満たされたグラスを渡してきた。一応まだ仕事中だけど、顔馴染みが皆ビールや日本酒やらを飲んでいるのにサハラだけ飲ませないの酷だと思ったようだ。丁度喉も渇いていたのもあり、ありがたく

ビールを受け取って、サハラはぐびりと一口、喉に流し込んだ。
 まだ夏には早いけれど、日差しは既にじりじりと強く気温も高くなってきている。そんな初夏の陽気の中で一日働いた身に、ビールの味が染みいるようだ。おもわず、ぷあぁ、と美味しいため息をついてしまったサハラにアオイが良い飲みっぷりですねと笑った。

 先日からサハラはアオイの店で週末だけ働くことになった。アオイが頑張りすぎているのを見ていられないから、とヤマブキから頼まれたのだ。サハラ自身も最近のアオイの店の人手不足を肌で感じていたので、ふたつ返事で請け負う事にした。
 以前何度か、旅の途中で路賃を稼ぐためにレストランなどで働いた事もあるので仕事内容を不安に思う事は無い。そもそも街の雑踏にまぎれて過ごすのが性分だった身だ。客のために、黒子になりきってひっそりと働くのはむしろ好きだった。

 はずだったのだが。

「それにしてもサハラ君はそういう給仕の恰好が似合うなぁ」
サハラの下宿しているアパートに暮らしている、帽子の親父がにやにやと笑いながらサハラに声をかけてきた。
「そうだな。これじゃあ確かに若い女の子たちが放っておかないはずだ」
同じくアパートに暮らす髭の親父もそうからかうように笑いながら言う。
「勘弁してください」
空になったグラスとビールで満たされたグラスを交換しながらそう言って。サハラはそっと溜息をついた。

 本来、食事をしたり休憩をしたりする客が店の主役であって、働くスタッフは脇役に過ぎない。
 なのだが、しかし。
 サハラ目当てにやってくる若い女の子たちがちらほらと見かけるようになってしまったのだ。





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