Nicotto Town


アオイさんの日記


side 外と中の境界線・2

 以前にアオイが忙しそうだった時も。心配していたくせに自分は見ているだけで、実際にアオイを怒ったり助けたりしたのはヤマブキで。実際にアオイの手助けをしているのはサハラで。実際にそっと優しい気づかいが出来たのはカスミや常連の他の人たちで。
 自分は心配するだけで何も出来なくて。ただ怒ったりすることしか出来なくて。
 結局。何もできない、何も持っていない自分自身に、大きなため息をつきたくなってしまう。

 違う。一番持っていないものは、自信だ。

 自信と言うものはどうすれば身につくのだろう。飄々とした笑みのサハラや、華やかな笑顔を浮かべるヤマブキを見るといつも、自分に一番足りていないものを思い知らされる気がする。

「それで、アオイさんは結局出るんですか?」
と、カウンターから出てきたアオイにヘイゼルは声をかけた。作業がひと段落して少し休もうと思っているのか、その手にはヘイゼルのコーヒーともう一つ別に飲み物を用意している。
「まだ迷っています」
少し困ったように微笑んで。アオイはコーヒーをへイゼルの前に置いた。もう一つのマグカップはやっぱり自分用らしく、アオイは傍の椅子に腰をおろした。
 こうして常連しかいない時は、仕事の手を止めて話に加わるようになったアオイの姿を見ると、ヘイゼルは少し誇らしいような優越感を感じる。少しはアオイさんの特別になれているのかな。と思うと、嬉しい。
「私も人前に出るのは苦手だから。歌うのは好きなんだけど」
うーん、と困ったように唸るアオイの柔らかな瞳の奥で、その言葉とは裏腹にわくわくするような片鱗が見え隠れしていた。
 きっとやってみたいという気持ちがあるのだろう。それに、アオイが歌うのを見るのは好きだ。そう思ってヘイゼルは、やってみればいいと思います。と言った。
「アオイさんが歌っているの、俺、好きですよ」
そう言うと、ありがとう。とはにかむ様にアオイは微笑んだ。
 ああやっぱり可愛いなぁ。アオイの笑顔にそんな事を思いながらヘイゼルが食後のコーヒーを飲んだ。と、横でヤマブキの誘いをのらりくらりとかわしていたサハラが、そうだよ。と声を上げた。
「俺じゃなくても、ヘイゼル君が出ればいいんじゃないかな。ヘイゼル君、ギター弾ける、って前に言ってたよね?」
「え、ヘイゼル少年ギター弾けるの?」
突然向けられた矛先に、飲んでいたコーヒーのカップを落としそうになった。
 慌てて手のひらで包み込む様にカップを握りしめて、ヘイゼルは、え、あの。と不意打ちの問いかけにしどろもどろな言葉を発した。
「ええと、あの、はい。すごい下手ですけど」
あれ、サハラさんにギター弾けるって離した事あったかな。そう不思議に思いながらもヘイゼルが頷くと、ヤマブキは少し考え込むように中空を睨みつけた。
「下手って言っても、まあでも梅雨明けまでまだ時間はあるしなぁ」
そう呟くように言って。ふとヤマブキは真っ直ぐな眼差しをヘイゼルに向けた。力のあるその瞳に気押さそうになる。
「じゃあヘイゼル少年。梅雨明けまで頑張ってくれる?それで、一緒に出てくれない?」
あっけなく外と内側の境界線を断つような、ヤマブキの言葉。
 差し出されたその言葉に、頷きかけて。けれど。とヘイゼルは一瞬の間の後に固まった。
 
けれど。頑張れる?一緒に出ていいのかな?

 弱気な音が胸の内側で波紋を広げる。固まってしまったヘイゼルを、心配そうにアオイが見つめてくるのを感じながら、それでも首を横に振ってしまった。
「少し、考えさせてください」
弱い、弱い音が口から零れ落ちる。その言葉に、落胆するようにヤマブキは真っ直ぐな瞳を伏せた。

 本当に、自信というものはどこにありますか?

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2011/06/18 20:11
小説に興味はありませんか??

上手くかけなくてもしっかりコメしてくれるなら読むだけでもOK!!!


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